Chisaka Tomojiro

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千坂智次郎(ちさか・ともじろう、慶応4年2月15日(1868年3月8日) - 昭和11(1936)年2月23日)は、日本の海軍軍人海軍中将。山形県出身。海軍兵学校第14期生。

履歴

  • 明治20(1887)年7月25日、命海軍少尉候補生。補筑波乗組。
  • 明治21(1888)年8月1日、補筑紫乗組。
  • 明治22(1889)年5月15日、補扶桑乗組。
  • 明治22(1889)年9月11日、任海軍少尉。補扶桑分隊士。
  • 明治23(1890)年12月15日、補迅鯨乗組。
  • 明治24(1891)年7月23日、補比叡航海士。
  • 明治25(1892)年6月29日、補呉鎮守府海兵団分隊士。
  • 明治26(1893)年4月11日、補館山分隊長心得。
  • 明治26(1893)年12月13日、任海軍大尉。補館山分隊長。
  • 明治27(1894)年7月8日、補扶桑分隊長。
  • 明治28(1895)年8月20日、補満珠航海長。
  • 明治29(1896)年4月6日、補高雄航海長。
  • 明治30(1897)年4月1日、補須磨航海長。
  • 明治30(1897)年10月26日、補皇族附武官。(威仁親王附)
  • 明治31(1898)年10月1日、任海軍少佐。補松島航海長。
  • 明治32(1899)年3月22日、補八雲回航委員。ドイツ帝国出張被仰付。
  • 明治32(1899)年12月25日、補八雲航海長。
  • 明治33(1900)年8月30日、帰着。
  • 明治33(1900)年9月25日、補夕霧艦長。
  • 明治36(1903)年2月18日、補初瀬航海長心得。
  • 明治37(1904)年1月17日、任海軍中佐。補初瀬航海長。
  • 明治37(1904)年5月24日、補佐世保鎮守府附。
  • 明治37(1904)年6月6日、補佐世保鎮守府参謀兼望楼監督官。
  • 明治39(1906)年12月24日、補出雲副長。
  • 明治40(1907)年2月28日、補磐城艦長。
  • 明治40(1907)年7月15日、補大和艦長。
  • 明治40(1907)年12月18日、補東宮武官
  • 明治41(1908)年9月25日、任海軍大佐
  • 明治44(1911)年5月23日、補津軽艦長。
  • 明治45(1912)年3月1日、補生駒艦長。
  • 大正元(1912)年11月13日、補八雲艦長。
  • 大正2(1913)年2月12日、補香取艦長兼八雲艦長。
  • 大正2(1913)年4月1日、補舞鶴鎮守府参謀長。
  • 大正2(1913)年12月1日、任海軍少将。補佐世保水雷隊司令官。
  • 大正3(1914)年3月25日、補佐世保鎮守府参謀長。
  • 大正3(1914)年12月1日、補練習艦隊司令官。
  • 大正4(1915)年12月6日、補海軍教育本部第一部長。
  • 大正6(1917)年2月7日、補海軍教育本部第二部長。
  • 大正6(1917)年5月30日、補第二戦隊司令官。
  • 大正6(1917)年12月1日、任海軍中将
  • 大正6(1917)年12月12日、補馬公要港部司令官。
  • 大正7(1918)年6月13日、補第一特務艦隊司令官。
  • 大正8(1919)年12月1日、補鎮海要港部司令官兼臨時建築部鎮海支部長。
  • 大正9(1920)年12月1日、補海軍兵学校長。
  • 大正12(1923)年4月1日、補海軍将官会議議員。
  • 大正12(1923)年6月1日、待命被仰付。
  • 大正12(1923)年7月1日、予備役被仰付。
  • 昭和3(1928)年2月15日、後備役被仰付。
  • 昭和8(1933)年2月15日、退役被仰付。