Tajiri Tadatsugu

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田尻唯二(たじり・ただつぐ 明治7(1874)年11月23日 - ?)は、日本の海軍軍人海軍中将。佐賀県出身。海軍兵学校第23期生、海軍大学校第6期生。

履歴

  • 明治25(1892)年11月24日、海軍兵学校入校。
  • 明治28(1895)年12月22日、補金剛乗組。
  • 明治29(1896)年12月11日、命海軍少尉候補生。補鎮遠乗組。
  • 明治30(1897)年1月30日、補扶桑乗組。
  • 明治30(1897)年11月1日、補鎮遠乗組。
  • 明治31(1898)年1月14日、任海軍少尉
  • 明治31(1898)年9月1日、補八重山乗組。
  • 明治31(1898)年10月1日、補千歳回航委員。アメリカ合衆国出張被仰付。
  • 明治31(1898)年10月22日、補千歳乗組。
  • 明治32(1899)年4月20日、帰着。
  • 明治32(1899)年5月1日、補千代田乗組。
  • 明治32(1899)年9月29日、任海軍中尉。補摩耶乗組。
  • 明治32(1899)年10月13日、補横須賀水雷団第二水雷艇隊附。
  • 明治33(1900)年6月11日、補鎮辺乗組。
  • 明治33(1900)年10月10日、補海軍砲術練習所附。
  • 明治33(1900)年12月6日、補天城分隊長心得。
  • 明治34(1901)年10月1日、任海軍大尉。補浪速分隊長。
  • 明治35(1902)年3月13日、補浅間分隊長。
  • 明治36(1903)年4月21日、補豊橋分隊長。
  • 明治36(1903)年7月7日、補舞鶴水雷団第一水雷艇隊艇長。
  • 明治36(1903)年9月14日、補第二十艇隊艇長。
  • 明治38(1905)年3月15日、補第九艇隊艇長。
  • 明治38(1905)年12月12日、補海軍兵学校運用術教官兼監事。
  • 明治39(1906)年9月28日、任海軍少佐
  • 明治40(1907)年4月5日、補海軍大学校甲種学生。
  • 明治42(1909)年5月25日、補周防水雷長兼分隊長。
  • 明治42(1909)年12月1日、補第一艦隊参謀。
  • 明治43(1910)年12月1日、補海軍水雷学校教官兼第四艇隊司令海軍砲術学校教官。
  • 明治44(1911)年12月1日、任海軍中佐。補元帥副官兼海軍省出仕。(元帥大将井上良馨附属)
  • 明治45(1912)年1月22日、補海軍省軍務局局員。
  • 大正3(1914)年12月1日、補艦長。
  • 大正4(1915)年12月13日、任海軍大佐。補音羽艦長。
  • 大正5(1916)年1月28日、補筑摩艦長。
  • 大正5(1916)年12月1日、補海軍教育本部部員。
  • 大正8(1919)年1月28日、欧米各国出張被仰付。
  • 大正8(1919)年11月20日、補金剛艦長。
  • 大正8(1919)年11月30日、帰朝。
  • 大正9(1920)年11月12日、補横須賀海軍航空隊司令。
  • 大正9(1920)年12月1日、任海軍少将
  • 大正10(1921)年4月6日、臨時航空術講習部長被仰付。
  • 大正11(1922)年11月1日、補霞ヶ浦海軍航空隊司令。
  • 大正12(1923)年11月6日、補馬公要港部司令官。
  • 大正13(1924)年12月1日、任海軍中将
  • 大正13(1924)年12月20日、補海軍軍令部出仕。
  • 大正14(1925)年3月2日、待命被仰付。
  • 大正14(1925)年3月20日、予備役被仰付。
  • 昭和11(1936)年11月23日、後備役被仰付。
  • 昭和16(1941)年4月1日、予備役被仰付(海軍武官服役令改正)。
  • 昭和16(1941)年11月23日、退役被仰付。