上泉徳弥

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上泉徳弥(かみいずみ・とくや Kamiizumi Tokuya 慶応元年9月25日(1865年11月13日) - 昭和21(1946)年11月27日)は、日本の海軍軍人海軍中将山形県出身。海軍兵学校第12期生海軍大学校将校科第1期生

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官など
慶応元年9月25日(1865年11月13日)
明治15(1882)年9月8日 海軍兵学校生徒
明治18(1885)年10月24日 筑波乗組
明治19(1886)年12月7日 海軍少尉候補生 浪速乗組
明治21(1888)年1月13日 海軍少尉
明治21(1888)年1月16日 武蔵分隊士
明治22(1889)年5月15日 鳳翔航海士/分隊士
明治22(1889)年8月2日 海軍大学校丙号学生
明治23(1890)年2月25日 日進分隊長心得
明治23(1890)年7月3日 葛城分隊長心得
明治24(1891)年12月14日 海軍大尉 葛城分隊長
明治26(1893)年4月11日 高千穂分隊長
明治26(1893)年11月24日 佐世保鎮守府海兵団分隊長
明治27(1894)年3月1日 海軍大学校学生
明治27(1894)年6月6日 運送船監督(遠江丸)
明治27(1894)年7月20日 呉鎮守府参謀
明治27(1894)年12月17日 大連湾要港部副官
明治28(1895)年5月17日 龍田分隊長
明治28(1895)年12月3日 済遠砲術長/分隊長
明治29(1896)年4月6日 海軍大学校学生
明治30(1897)年12月1日 海軍少佐
明治30(1897)年12月15日 海軍水雷術練習所修学
明治31(1898)年7月30日 鎮遠水雷長/分隊長
明治31(1898)年10月1日 八重山副長
明治31(1898)年11月2日 敷島回航委員(英国出張)
明治32(1899)年7月25日 敷島水雷長
明治33(1900)年4月15日 帰着
明治33(1900)年7月15日 敷島水雷長/分隊長
明治33(1900)年6月7日 秋津洲副長
明治33(1900)年9月25日 海軍中佐 千代田副長
明治34(1901)年2月9日 佐世保海兵団副長
明治34(1901)年6月4日 竹敷要港部第二水雷敷設隊司令/第一水雷敷設隊司令
明治34(1901)年8月30日 竹敷要港部水雷敷設隊司令
明治35(1902)年3月13日 高砂副長
明治36(1903)年4月12日 海軍軍令部副官
明治36(1903)年7月24日 海軍軍令部副官/第一局局員
明治36(1903)年10月15日 海軍軍令部副官
明治37(1904)年1月21日 海軍軍令部参謀
明治37(1904)年2月11日 海軍軍令部参謀/戦時大本営鉄道船舶運輸委員
明治38(1905)年1月12日 海軍大佐
明治38(1905)年12月29日 浪速艦長
明治39(1906)年12月24日 吾妻艦長
明治41(1908)年8月28日 生駒艦長
明治41(1908)年11月20日 横須賀海軍工廠艤装員
明治42(1909)年1月15日 薩摩艦長/横須賀海軍工廠艤装員
明治42(1909)年12月1日 海軍少将 大湊要港部司令官
明治44(1911)年9月2日 鎮海防備隊司令官/海軍臨時建築部支部長
明治45(1912)年7月9日 横須賀水雷団
大正2(1913)年4月1日 横須賀水雷隊司令官
大正2(1913)年8月10日 第一艦隊司令官
大正2(1913)年11月15日 佐世保水雷隊司令官
大正2(1913)年12月1日 待命被仰付
大正3(1914)年12月1日 海軍中将
予備役被仰付
大正10(1921)年9月25日 後備役被仰付
大正15(1926)年9月25日 退役被仰付
昭和21(1946)年11月27日 没 (81)