伊藤乙次郎

提供: wiki31ja
移動: 案内検索

伊藤乙次郎(いとう・おとじろう 慶応2年10月26日(1866年12月2日) - 昭和16(1941)年3月27日)は、日本の海軍軍人海軍中将東京都出身。海軍兵学校第13期生(36名中1位)、海軍大学校将校科第1期生

履歴

  • 明治19(1886)年12月10日、補龍驤乗組。
  • 明治20(1887)年2月20日、命海軍少尉候補生
  • 明治20(1887)年10月10日、補扶桑乗組。
  • 明治21(1888)年4月21日、任海軍少尉
  • 明治21(1888)年4月23日、補扶桑分隊士。
  • 明治22(1889)年5月25日、補大和航海士。
  • 明治22(1889)年10月16日、補海門航海長心得。
  • 明治23(1890)年3月17日、補海門航海士。
  • 明治23(1890)年7月9日、補横須賀鎮守府海兵団分隊士。
  • 明治23(1890)年9月2日、補海軍大学校丙号学生。
  • 明治24(1891)年2月26日、補扶桑分隊長心得。
  • 明治24(1891)年8月6日、補鳥海航海長心得。
  • 明治24(1891)年12月14日、任海軍大尉。補鳥海航海長。
  • 明治26(1893)年10月12日、補武蔵航海長。
  • 明治27(1894)年3月1日、補海軍大学校学生。
  • 明治27(1894)年6月6日、補比叡艤装委員兼航海長。
  • 明治27(1894)年6月8日、補比叡航海長。
  • 明治28(1895)年10月14日、兼補比叡分隊長。(比叡航海長兼分隊長)
  • 明治28(1895)年11月16日、補浪速航海長。
  • 明治29(1896)年4月1日、兼補浪速分隊長。(浪速航海長兼分隊長)
  • 明治29(1896)年4月6日、補海軍大学校学生。
  • 明治30(1897)年12月1日、任海軍少佐
  • 明治30(1897)年12月15日、補海軍大学校選科学生。
  • 明治32(1899)年1月19日、補海軍省軍務局軍事課課僚兼臨時建築部部員。
  • 明治33(1900)年1月20日、補海軍省軍務局課員。
  • 明治33(1900)年1月25日、兼補臨時建築部部員。(海軍省軍務局課員兼臨時建築部部員)
  • 明治33(1900)年8月1日、補常備艦隊副官。
  • 明治33(1900)年9月25日、任海軍中佐。補常磐航海長。
  • 明治34(1901)年2月9日、補須磨副長。
  • 明治34(1901)年8月24日、補笠置副長。
  • 明治35(1902)年5月8日、ドイツ帝国駐在被仰付。
  • 明治37(1904)年3月30日、命帰朝。
  • 明治37(1904)年7月29日、補台中丸乗組。
  • 明治37(1904)年10月24日、補佐世保鎮守府附。
  • 明治37(1904)年10月29日、補運送船監督官。
  • 明治38(1905)年1月12日、任海軍大佐。補海軍省軍務局先任局員。
  • 明治38(1905)年11月12日、補海軍省軍務局局員兼臨時建築部部員。
  • 明治40(1907)年12月10日、補浅間艦長。
  • 明治41(1908)年5月15日、補在ドイツ帝国帝国大使館附海軍武官
  • 明治44(1911)年7月15日、命帰朝。
  • 明治44(1911)年12月1日、任海軍少将。補水路部長。
  • 明治45(1912)年4月20日、補佐世保鎮守府参謀長。
  • 大正2(1913)年12月1日、補佐世保海軍工廠長。
  • 大正4(1915)年12月13日、任海軍中将。補呉海軍工廠長。
  • 大正6(1917)年12月12日、補海軍技術本部長兼海軍将官会議議員。
  • 大正9(1920)年10月1日、補海軍将官会議議員。
  • 大正9(1920)年11月27日、待命被仰付。
  • 大正9(1920)年12月1日、予備役被仰付。
  • 大正15(1926)年10月26日、後備役被仰付。
  • 昭和6(1931)年10月26日、退役被仰付。