大島乾四郎

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大島乾四郎(おおしま・けんしろう Oshima Kenshiro 明治22(1889)年3月20日 - 昭和13(1938)年3月9日)は、日本の海軍軍人海軍少将長野県出身。海軍兵学校第39期生(148名中13位)。

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
明治22(1889)年3月20日
明治44(1911)年7月18日 海軍少尉候補生 阿蘇乗組
明治45(1912)年3月29日 三笠乗組
大正元(1912)年12月1日 海軍少尉 鹿島乗組
大正2(1913)年12月1日 海軍砲術学校普通科学生
大正3(1914)年5月27日 海軍水雷学校普通科学生
大正3(1914)年12月1日 海軍中尉 河内乗組
大正4(1915)年6月30日 吾妻乗組
大正5(1916)年10月27日 乗組
大正6(1917)年10月10日 佐世保鎮守府附/佐世保海兵団
大正6(1917)年12月1日 海軍大尉 宇治航海長
大正6(1917)年12月18日 敷島分隊長
大正7(1918)年12月1日 海軍大学校航海学生
大正8(1919)年12月1日 勝力航海長/分隊長
大正10(1921)年6月8日 横須賀鎮守府
大正10(1921)年9月1日 五十鈴艤装員
大正10(1921)年12月1日 大井航海長/分隊長
大正11(1922)年12月1日 常磐航海長心得/分隊長心得
大正12(1923)年10月15日 海軍兵学校教官/監事
大正12(1923)年12月1日 海軍少佐
大正13(1924)年12月1日 横須賀鎮守府参謀
大正14(1925)年12月1日 金剛航海長/分隊長/海軍砲術学校教官/海軍水雷学校教官
大正15(1926)年12月25日 金剛航海長/分隊長/海軍砲術学校教官
昭和2(1927)年11月15日 海軍省教育局局員(一課)
昭和3(1928)年12月10日 海軍中佐
昭和4(1929)年11月30日 海軍軍令部出仕/海軍省出仕
昭和5(1930)年2月5日 海軍軍令部出仕(欧米各国出張被仰付)
昭和5(1930)年11月1日 帰朝
昭和5(1930)年11月15日 海軍軍令部出仕/海軍省出仕(軍務局二課勤務)
昭和5(1930)年12月1日 海軍省軍務局局員(二課)
昭和7(1932)年11月1日 鳴戸特務艦長
昭和7(1932)年12月1日 海軍大佐
昭和8(1933)年4月1日 平戸艦長
昭和8(1933)年8月25日 海軍省軍務局第二課長
昭和9(1934)年9月1日 駐満海軍部参謀長/在満洲国帝国大使館附海軍武官
昭和11(1936)年7月1日 加古艦長
昭和11(1936)年12月1日 摩耶艦長
昭和12(1937)年11月15日 榛名艦長
昭和13(1938)年3月9日 海軍少将 死去 (48)