大束健夫

提供: wiki31ja
移動: 案内検索

大束健夫(おおつか・たけお Otsuka Takeo 明治15(1882)年8月10日 - 昭和43(1968)年7月29日)は、日本の海軍軍人海軍主計中将東京都出身。

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
明治15(1882)年8月10日
明治43(1910)年7月 京都帝国大学法科大学卒業
明治44(1911)年8月31日 海軍中主計 海軍経理学校乙種学生
明治45(1912)年3月15日 河内乗組
大正元(1912)年12月1日 筑波乗組
大正2(1913)年12月1日 海軍大主計 第十七駆逐隊主計長
大正2(1913)年12月22日 待命被仰付
大正3(1914)年5月6日 金剛乗組
大正3(1914)年11月11日 横須賀海軍工廠需品庫庫員
大正4(1915)年12月7日 千歳主計長
大正6(1917)年7月21日 舞鶴海軍工廠会計部工場庫主管心得/会計部課員/造兵部部員
大正7(1918)年12月1日 海軍経理学校教官/監事
大正8(1919)年9月23日 海軍主計大尉
大正8(1919)年12月1日 海軍主計少佐 海軍経理学校副官/教官
大正9(1920)年1月30日 海軍経理学校副官/教官/監事
大正9(1920)年9月21日 海軍経理学校監事/副官/教官
大正10(1921)年5月5日 八雲主計長/分隊長
大正11(1922)年4月8日 舞鶴海軍工廠会計部工場庫主管/造船部部員/造機部部員
大正12(1923)年4月1日 舞鶴要港部部員
大正13(1924)年4月21日 海軍技術研究所所員
大正13(1924)年12月1日 海軍主計中佐 海軍経理学校教官/監事
大正15(1926)年5月5日 海軍艦政本部部員/海軍大学校教官/海軍経理学校教官
昭和2(1927)年8月15日 海軍艦政本部造船造兵監督会計官(ドイツ共和国出張被仰付)
昭和3(1928)年12月10日 海軍主計大佐 命帰朝
昭和4(1929)年5月15日 海軍軍令部出仕/海軍経理学校教頭
昭和4(1929)年7月20日 海軍経理学校教頭/海軍大学校教官
昭和4(1929)年11月30日 海軍省経理局第二課長/海軍経理学校教頭
昭和4(1929)年12月24日 海軍省経理局第二課長
昭和7(1932)年12月1日 海軍燃料廠採炭部長
昭和9(1934)年11月15日 海軍主計少将
昭和10(1935)年10月10日 横須賀海軍軍需部
昭和12(1937)年12月1日 海軍経理学校
昭和13(1938)年11月15日 海軍主計中将
昭和14(1939)年4月12日 軍令部出仕
昭和14(1939)年8月1日 待命被仰付
昭和14(1939)年8月10日 予備役被仰付
昭和43(1968)年7月29日 死去 (85)