対馬級巡洋艦 (日本海軍, 1902)

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概説

 日露戦争直前、日本ではようやく小型巡洋艦を量産できるだけの体制が整いつつあった。その系列に位置するのが対馬級防護巡洋艦である。その設計には新味はなく、3000トン強の船体に防護甲板を備え、レシプロ機関で20ノットを発揮するという無難なものだったが、その分堅実で実用性に富んでおり成功した艦となった。兵装として主砲を15センチ砲に統一し、米西戦争の戦訓から水雷兵装を全廃して誘爆の危険性を排除した。2隻のうち対馬は整備なったばかりの呉工廠で建造された。日露戦争直前の緊張した情勢だったが建造には手間取り、特に呉工廠建造の対馬ではこの種の小型艦としては非常な長期間を要してしまった。両艦とも日露戦争の開戦前後に相次いで竣工し、直ちにGFに編入されて最新鋭の小型巡洋艦として活躍した。第一次大戦ではインド洋方面警備の第一特務艦隊に編入されてインド洋、アフリカ東岸、南アフリカ海域の通商保護に従事した。第一次大戦が終ると、革命によって混乱したロシア領沿海の警備が重要になる。対馬級はいずれもこれに充当された。以後、対馬級はそれぞれ単艦として各地の警備に駆り出される。新高は印度支那方面の警備に、対馬は支那大陸方面の警備を担当する。新高はまもなく北洋での漁業保護任務のために再び北方に呼び戻されるが、この警備任務中にカムチャッカ半島沖で暴風のために擱座沈没、生存者わずかに1名という惨事を起こして失われる。残った対馬は長年中国警備に従事したのち、昭和10年に横須賀海兵団練習艦に指定されて横須賀沖に係留されるようになり、昭和14年に雑役船に編入されるが横須賀海兵団練習船であることには変わりなかった。昭和19年中ごろに訓練標的として撃沈されたと言う。

主要要目

排水量: 常備 3366t
長さ: 垂線間長 102.0m
全幅: 13.44m
喫水: 4.92m
機関: 2軸 直立式4気筒三段膨張レシプロ 2基, ニクローズ缶 16基 (石炭専焼), 9500ihp
燃料: 石炭 600t
速力: 20ノット
装甲: 甲板 67mm, 司令塔 100mm
兵装: 15.2cm速射砲 単装6基 6門, 12ポンド速射砲 10門, 2.5ポンド速射砲 4門
乗員: 320

一覧

計画 艦名 建造所 起工 進水 就役 艦歴 記事
明30 対馬 Tsushima 呉造船廠 1901.10.01 1902.12.15 1904.02.14 三等巡洋艦 1912.08.28 二等巡洋艦
1921.09.01 二等海防艦
1931.05.30 海防艦
1939.04.01 除籍
明30 新高 Niitaka 横須賀造船廠 1902.01.07 1902.11.15 1904.01.27 三等巡洋艦 1912.08.28 二等巡洋艦
1921.09.01 二等海防艦
1922.08.26 喪失 (座礁)
1923.04.01 除籍
カムチャツカ沖