小林躋造

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小林躋造(こばやし・せいぞう Kobayashi Seizo 明治10(1877)年10月1日 - 昭和37(1962)年7月4日)は、日本の海軍軍人海軍大将広島県出身。海軍兵学校第26期生(59名中3位)、海軍大学校第6期生

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
明治10(1877)年10月1日
明治31(1898)年12月13日 海軍少尉候補生 比叡乗組
明治32(1899)年9月2日 富士乗組
明治33(1900)年1月12日 海軍少尉
明治33(1900)年8月1日 初瀬乗組
明治34(1901)年4月15日 帰朝
明治34(1901)年8月30日 金剛乗組
明治34(1901)年10月1日 海軍中尉
明治35(1902)年9月10日 横須賀水雷団水雷敷設隊分隊長心得
明治35(1902)年12月6日 浪速砲術長心得/分隊長心得
明治36(1903)年9月26日 海軍大尉 浪速砲術長/分隊長
明治36(1903)年12月28日 浪速砲術長
明治38(1905)年1月27日 第三艦隊参謀
明治38(1905)年6月14日 第四艦隊参謀
明治38(1905)年12月20日 南清艦隊参謀
明治39(1906)年1月25日 厳島砲術長
明治39(1906)年8月30日 佐世保鎮守府参謀/副官
明治40(1907)年4月5日 海軍大学校甲種学生
明治41(1908)年9月25日 海軍少佐
明治42(1909)年5月25日 石見砲術長
明治42(1909)年12月1日 海軍省軍務局局員
明治42(1909)年12月13日 海軍省軍務局局員/海軍教育本部部員
明治43(1910)年3月1日 海軍省副官/海軍大臣秘書官/軍事参議官副官(大将山本権兵衛附属)
明治44(1911)年7月15日 連合王国駐在被仰付
大正2(1913)年1月27日 アメリカ合衆国駐在被仰付
大正2(1913)年9月6日 命帰朝
大正2(1913)年12月1日 海軍中佐 磐手副長
大正3(1914)年11月8日 海軍教育本部出仕
大正3(1914)年11月11日 海軍教育本部出仕/海軍大学校教官
大正4(1915)年9月8日 海軍艦政本部出仕(一部)
大正4(1915)年10月1日 海軍技術本部副官/海軍臨時建築部部員
大正5(1916)年12月1日 平戸艦長心得
大正6(1917)年4月1日 海軍大佐 平戸艦長
大正6(1917)年12月1日 海軍省副官
大正9(1920)年4月1日 在連合王国帝国大使館附海軍武官/造船造兵監督長
大正11(1922)年6月1日 海軍少将
大正11(1922)年6月10日 命帰朝
大正11(1922)年12月1日 第三戦隊司令官
大正12(1923)年12月1日 海軍省軍務局長/海軍将官会議議員
大正13(1924)年2月1日 海軍省軍務局長/海軍将官会議議員/臨時航空会議議長
大正15(1926)年12月1日 海軍中将
昭和2(1927)年3月25日 海軍軍令部出仕/海軍省出仕
昭和2(1927)年4月15日 ジュネーヴ軍縮会議全権委員随員
昭和2(1927)年9月28日 帰朝
昭和3(1928)年1月15日 練習艦隊司令官
昭和4(1929)年2月1日 海軍艦政本部長/海軍将官会議議員
昭和5(1930)年6月10日 海軍次官海軍将官会議議員
昭和6(1931)年12月1日 第一艦隊司令長官/聯合艦隊司令長官
昭和8(1933)年3月1日 海軍大将
昭和8(1933)年5月20日 聯合艦隊司令長官/第一艦隊司令長官
昭和8(1933)年11月15日 軍事参議官
昭和11(1936)年3月28日 待命被仰付
昭和11(1936)年3月30日 予備役被仰付
昭和11(1936)年9月2日 台湾総督
昭和15(1940)年11月27日 台湾総督
昭和19(1944)年8月26日 貴族院議員
昭和19(1944)年12月19日 国務大臣
昭和20(1945)年3月1日 国務大臣
昭和20(1945)年12月2日 A級戦犯指名(のち不起訴保釈)
昭和21(1946)年2月22日 貴族院議員
昭和37(1962)年7月4日 死去 (84)

在任