山本開蔵

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山本開蔵(やまもと・かいぞう、慶応4年2月15日(1868年3月8日) - 昭和33(1958)年4月18日)は、日本の海軍軍人海軍造船中将(のち海軍技術中将)。埼玉県出身。

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
慶応4年2月15日1868年3月8日
明治26(1893)年7月10日 帝国大学工科大学造船学科卒業
明治26(1893)年8月23日 海軍少技士候補生 横須賀鎮守府造船部
明治27(1894)年12月19日 海軍少技士 横須賀鎮守府造船部造船科主幹
明治29(1896)年4月1日 海軍造船少技士
明治29(1896)年4月20日 横須賀鎮守府造船部造船科主幹/海軍機関学校教官
明治30(1897)年10月8日 横須賀海軍造船廠造船科主幹/海軍機関学校教官
明治30(1897)年12月1日 海軍造船中技士
明治31(1898)年10月1日 海軍造船大技士
明治31(1898)年12月27日 造船監督官(連合王国出張被仰付)
明治35(1902)年5月2日 命帰朝
明治35(1902)年11月26日 海軍艦政本部出仕(三部)
明治37(1904)年5月20日 海軍艦政本部部員(三部)
明治37(1904)年7月13日 海軍造船少監
明治40(1907)年3月8日 海軍艦政本部部員/海軍臨時建築部部員
明治40(1907)年5月8日 横須賀海軍工廠造船部部員
明治40(1907)年9月28日 海軍造船中監
明治42(1909)年11月13日 造船監督官/佐世保海軍工廠造船部部員
明治43(1910)年3月24日 連合王国出張被仰付
明治43(1910)年8月16日 命帰朝
明治43(1910)年9月30日 造船監督官(連合王国出張被仰付)
明治44(1911)年1月18日 海軍造船大監
明治44(1911)年2月22日 命帰朝
大正3(1914)年9月17日 海軍艦政本部部員/造船監督官
大正4(1915)年2月9日 工学博士
大正4(1915)年10月1日 海軍技術本部部員/造船監督官(海軍技術本部四部)
大正5(1916)年12月1日 海軍造船総監 海軍技術本部出仕
大正8(1919)年9月23日 海軍造船少将
大正9(1920)年10月1日 海軍艦政本部出仕
大正9(1920)年12月1日 海軍艦政本部第四部長
大正10(1921)年12月1日 海軍造船中将
大正12(1923)年8月13日 海軍艦政本部出仕
大正12(1923)年12月1日 待命被仰付
大正13(1924)年2月25日 予備役被仰付
昭和5(1930)年2月15日 後備役被仰付
昭和10(1935)年2月15日 退役被仰付
昭和17(1942)年11月1日 海軍技術中将
昭和33(1958)年4月18日 死去 (90)