左近司政三

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左近司政三(さこんじ・せいぞう Sakonji Seizo 明治12(1879)年6月27日 - 昭和44(1969)年8月30日)は、日本の海軍軍人、政治家。海軍中将大阪府出身。海軍兵学校第28期生(105名中8位)、海軍大学校第10期生

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
明治12(1879)年6月27日
明治33(1900)年12月13日 海軍少尉候補生 橋立乗組
明治34(1901)年8月22日 磐手乗組
明治35(1902)年1月18日 海軍少尉
明治35(1902)年5月31日 佐世保水雷団第三水雷艇隊附
明治36(1903)年9月14日 第七艇隊
明治36(1903)年9月26日 海軍中尉
明治37(1904)年3月5日 第十五艇隊
明治37(1904)年10月29日 磐城航海長心得
明治38(1905)年1月12日 海軍大尉 磐城航海長
明治38(1905)年11月4日 磐城航海長/分隊長
明治38(1905)年12月12日 海軍水雷術練習所学生
明治39(1906)年7月12日 朝霧乗組
明治39(1906)年9月28日 千歳水雷長/分隊長
明治41(1908)年4月20日 海軍大学校乙種学生
明治41(1908)年12月3日 海軍水雷学校高等科学生
明治42(1909)年5月25日 軍事参議官副官(大将井上良馨附属)/海軍軍令部出仕
明治43(1910)年12月1日 海軍少佐 海軍大学校甲種学生
明治45(1912)年5月22日 富士水雷長/海軍水雷学校教官
大正元(1912)年12月1日 第一艦隊参謀
大正2(1913)年5月24日 海軍兵学校教官/監事
大正4(1915)年9月1日 練習艦隊参謀
大正4(1915)年12月13日 海軍中佐
大正5(1916)年9月1日 海軍省軍務局局員
大正7(1918)年3月5日 オランダ王国駐在
大正7(1918)年6月19日 連合王国駐在
大正8(1919)年12月1日 海軍大佐
大正9(1920)年1月10日 平和条約実施委員
大正9(1920)年12月11日 命帰朝
大正10(1921)年4月14日 矢矧艦長
大正10(1921)年11月20日 海軍省出仕
大正10(1921)年12月1日 海軍省人事局第一課長
大正11(1922)年12月1日 海軍省軍務局第一課長
大正12(1923)年12月1日 長門艦長
大正13(1924)年12月1日 海軍少将 海軍省人事局長
大正15(1926)年12月1日 海軍軍令部出仕
昭和2(1927)年3月25日 海軍省軍務局長/海軍将官会議議員
昭和3(1928)年12月10日 海軍中将
昭和4(1929)年9月6日 海軍軍令部出仕/海軍省出仕
昭和4(1929)年11月12日 ロンドン軍縮会議全権委員随員
昭和5(1930)年10月1日 練習艦隊司令官
昭和6(1931)年10月1日 海軍軍令部出仕
昭和6(1931)年12月1日 海軍次官海軍将官会議議員
昭和7(1932)年6月1日 海軍将官会議議員
昭和7(1932)年6月11日 海軍軍令部出仕
昭和7(1932)年6月28日 第三艦隊司令長官
昭和7(1932)年12月1日 佐世保鎮守府司令長官
昭和8(1933)年11月15日 軍令部出仕
昭和9(1934)年3月26日 待命被仰付
昭和9(1934)年3月31日 予備役被仰付
昭和10(1935)年7月日 北樺太石油会社社長
昭和16(1941)年7月18日 商工大臣
昭和16(1941)年10月18日 商工大臣
昭和18(1943)年1月14日 貴族院議員
昭和20(1945)年4月11日 国務大臣
昭和20(1945)年8月17日 国務大臣
昭和21(1946)年2月22日 免貴族院議員
昭和44(1969)年8月30日 死去 (90)

在任