扶桑 (初代)

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扶桑(ふそう Fuso)は、日本の軍艦(のち二等戦艦二等海防艦)。扶桑級装甲艦

艦歴

  • 明治8年度計画艦。
  • 明治8(1875)年9月24日、英国 Samuda Bros 社にて起工。
  • 明治10(1877)年4月17日、進水。
  • 明治11(1878)年1月、竣工。
  • 明治11(1878)年6月11日、横浜着。
  • 明治11(1878)年7月10日、天覧。
  • 明治22(1889)年12月18日、紀淡海峡付近にて高千穂と衝突、小破。
  • 明治27(1894)年8月10日、黄海海戦に参加、損傷。戦死2、負傷12。
  • 明治30(1897)年10月29日、愛媛県長浜沖で停泊陣形中、潮流により松島および厳島と接触、着底。
  • 明治31(1898)年3月21日、艦艇類別標準制定。二等戦艦に類別。
  • 明治31(1898)年6月5日、浮揚。10日呉工廠入渠、修理。
  • 明治38(1905)年12月12日、二等海防艦に類別変更。
  • 明治41(1908)年4月1日、除籍。雑役船に移籍。
  • 明治42(1909)年2月15日、廃船。
  • 明治42(1909)年11月、売却。
  • 明治43(1910)年、横浜で解体。

幹部

扶桑艦長

代数 発令日 階級 氏名 期別 前職 後職 備考
1878.05.11 海軍中佐 伊東祐亨 日進艦長 比叡艦長
1879.08.19 海軍大佐 松村淳蔵 筑波艦長 海軍兵学校 1882.06.06海軍少将
1882.08.20 海軍大佐 井上良馨 浅間艦長 海軍軍事部次長
1884.02.08 海軍大佐 伊東祐亨 比叡艦長 中艦隊参謀長心得
1884.12.20
1886.01.06 海軍大佐 井上良馨 金剛艦長 海軍省軍務局次長
1886.01.29 海軍中佐 児玉利国 金剛艦長 参本海軍部第一局長 1886.04.07 海軍大佐
1886.07.14 海軍大佐 山崎景則 高千穂艦長 海軍省軍務局次長
1888.08.16
1890.05.13 海軍大佐 鮫島員規 金剛艦長 松島回航委員長
1891.06.17
1897.06.01 海軍大佐 瓜生外吉 秋津洲艦長 待命 1897.10.29 事故沈没
1897.12.28

扶桑副長

代数 発令日 階級 氏名 期別 前職 後職 備考
1880.02.25 海軍少佐 尾形惟善 筑波副長 日進艦長
1884.01.21
1886.01.31 海軍大尉 有馬新一 海兵2 摂津副長 扶桑副長 心得、1886.04.07海軍少佐
1886.04.09 海軍少佐 有馬新一 海兵2 扶桑副長心得 天城艦長
1887.07.11
1896.04.20 海軍少佐 伊地知季珍 海兵7 佐世保鎮守府参謀 待命 1897.12.01海軍中佐
1897.12.26
1901.12.12 海軍少佐 依仁親王 吾妻分隊長 海軍大学校臨時講習員
1902.05.23

参照