有栖川宮幟仁親王

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有栖川宮幟仁親王(ありすがわのみや・たかひとしんのう、文化9年正月5日(1812年2月17日) - 明治19(1886)年1月24日)は、日本の皇族。称号は八穂宮(やほのみや)。有栖川宮韶仁親王長男。実母は家女房石井平千里光格天皇の猶子。有栖川宮家第八代当主。

履歴

在任

親族

尊属

卑属

  • 二条広子 文政 2年11月10日~明治 8(1875)年 7月 9日。嘉永元年 5月 2日婚儀。
  • 家女房佐々祐子
    • ♂歓宮熾仁親王(たるひと) 天保 6年 2月25日~明治28(1895)年 1月24日
    • ♀染宮 天保 7年 6月26日~天保14年 6月 9日
    • ♂「水吉」宮 天保 9年 9月15日~天保14年 6月17日
  • 家女房山西千世
    • ♀線宮幟子女王(たかこ) 天保 6年11月 1日~安政 3年11月 7日。嘉永 5年12月15日、徳川慶篤に降嫁。
    • ♂長宮 天保11年 4月 2日~天保14年 7月19日
  • 家女房森則子
    • ♀「米喜」宮宜子女王(よしこ) 嘉永 4年 2月26日~明治28(1895)年10月 4日。明治 2年 2月23日、井伊直憲に降嫁。
    • ♀穂宮利子女王(としこ) 安政 5年 5月21日~昭和 2(1927)年10月24日。明治 9(1876)年10月 6日、伏見宮貞愛親王と結婚。
    • ♂稠宮威仁親王(たけひと) 文久 2年正月13日~大正 7(1918)年 7月10日
  • 実子