木村進

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木村進(きむら・すすむ Kimura Susumu 明治24(1891)年6月1日 - 昭和55(1980)年3月16日)は、日本の海軍軍人海軍中将愛知県出身。海軍兵学校第40期生(144名中55位)。

履歴

  • 明治45(1912)年7月17日、命海軍少尉候補生。補吾妻乗組。
  • 大正2(1913)年5月1日、補安芸乗組。
  • 大正2(1913)年12月1日、任海軍少尉。補常磐乗組。
  • 大正3(1914)年1月15日、待命被仰付。
  • 大正3(1914)年3月23日、補安芸乗組。
  • 大正4(1915)年12月13日、任海軍中尉。補海軍砲術学校普通科学生。
  • 大正5(1916)年6月1日、補海軍水雷学校普通科学生。
  • 大正5(1916)年12月1日、補関東乗組。
  • 大正6(1917)年12月1日、補白露乗組。
  • 大正7(1918)年12月1日、補海軍大学校航海学生。
  • 大正8(1919)年12月1日、任海軍大尉。補松江分隊長。
  • 大正9(1920)年4月27日、補松江航海長兼分隊長。
  • 大正9(1920)年12月1日、補天津風航海長兼分隊長。
  • 大正9(1920)年12月15日、補秋風艤装員。
  • 大正10(1921)年4月1日、補秋風航海長兼分隊長。
  • 大正10(1921)年6月8日、補高崎航海長兼分隊長。
  • 大正11(1922)年5月15日、補運送船監督官。
  • 大正11(1922)年5月25日、(鞍馬丸乗組)
  • 大正11(1922)年10月21日、補横須賀鎮守府附。
  • 大正11(1922)年12月1日、補阿蘇航海長心得兼分隊長心得。
  • 大正12(1923)年4月16日、補横須賀鎮守府附。
  • 大正12(1923)年5月1日、補臨時南洋群島防備隊附。
  • 大正12(1923)年11月1日、補横須賀鎮守府附。
  • 大正12(1923)年12月15日、補関東航海長兼分隊長。
  • 大正13(1924)年12月1日、補富士分隊長兼教官。
  • 大正14(1925)年12月1日、任海軍少佐。補春日教官。
  • 大正14(1925)年12月7日、兼補富士教官。(春日教官兼富士教官)
  • 大正15(1926)年11月1日、補鬼怒航海長兼分隊長。
  • 昭和2(1927)年12月1日、補春日航海長兼分隊長教官富士教官。
  • 昭和4(1929)年2月1日、補妙高艤装員。
  • 昭和4(1929)年3月17日、補妙高航海長兼分隊長。
  • 昭和5(1930)年11月1日、補日向航海長兼分隊長。
  • 昭和6(1931)年12月1日、任海軍中佐
  • 昭和7(1932)年12月1日、補春日教官兼富士教官海軍砲術学校教官。
  • 昭和8(1933)年5月1日、補浦波駆逐艦長。
  • 昭和8(1933)年11月15日、補駆逐艦長。
  • 昭和9(1934)年11月15日、補第二駆逐隊司令。
  • 昭和10(1935)年4月10日、補横須賀鎮守府附。
  • 昭和10(1935)年5月20日、補磐手副長。
  • 昭和10(1935)年10月31日、補第三十駆逐隊司令。
  • 昭和11(1936)年12月1日、任海軍大佐。補第十九駆逐隊司令。
  • 昭和12(1937)年12月1日、補川内艦長。
  • 昭和13(1938)年12月15日、補横須賀海軍工廠航海実験部長。
  • 昭和14(1939)年11月15日、補三隈艦長。
  • 昭和15(1940)年11月1日、補榛名艦長。
  • 昭和16(1941)年8月20日、補水路部第一部長兼第一課長第二課長。
  • 昭和16(1941)年10月1日、免兼水路部第一部第一課長第二課長。(水路部第一部長)
  • 昭和17(1942)年3月20日、補第一航空艦隊司令部附。
  • 昭和17(1942)年4月10日、補第十戦隊司令官。
  • 昭和17(1942)年5月1日、任海軍少将
  • 昭和18(1943)年1月21日、補横須賀鎮守府附。
  • 昭和18(1943)年4月1日、補第十一水雷戦隊司令官。
  • 昭和18(1943)年11月20日、補第三艦隊司令部附。
  • 昭和18(1943)年12月3日、補第十戦隊司令官。
  • 昭和19(1944)年11月15日、補軍令部出仕。
  • 昭和19(1944)年12月19日、補海軍航海学校長。
  • 昭和20(1945)年5月1日、任海軍中将。補水路部長。
  • 昭和20(1945)年11月29日、予備役被仰付。