東郷吉太郎

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東郷吉太郎(とうごう・きちたろう Togo Kichitaro 慶応2年12月14日(1867年1月19日) - 昭和17(1942)年10月26日)は、日本の海軍軍人海軍中将鹿児島県出身。海軍兵学校第13期生

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
慶応2年12月14日(1867年1月19日)
明治19(1886)年12月10日 海軍兵学校卒業
明治20(1887)年2月20日 海軍少尉候補生 龍驤乗組
明治20(1887)年10月10日 磐城乗組
明治20(1887)年10月24日 大和乗組
明治21(1888)年6月14日 浪速乗組
明治21(1888)年11月30日 海軍少尉
明治21(1888)年12月1日 比叡分隊士
明治23(1890)年3月12日 摩耶分隊士/航海士
明治23(1890)年7月9日 石川分隊長心得
明治24(1891)年7月23日 海軍大学校丙号学生
明治25(1892)年7月30日 待命被仰付
明治25(1892)年9月28日 大島分隊長心得
明治25(1892)年12月21日 海軍大尉 大島分隊長
明治28(1895)年9月21日 橋立分隊長
明治29(1896)年4月20日 葛城分隊長
明治29(1896)年6月22日 和泉分隊長
明治29(1896)年8月7日 和泉砲術長/分隊長
明治30(1897)年3月17日 和泉砲術長
明治30(1897)年6月1日 松島砲術長
明治31(1898)年6月28日 海軍少佐 赤城分隊長
明治31(1898)年10月1日 横須賀海兵団分隊長
明治32(1899)年3月22日 富士砲術長
明治32(1899)年6月28日 富士砲術長/分隊長
明治33(1900)年8月1日 初瀬分隊長/回航委員(連合王国出張被仰付)
明治34(1901)年2月2日 帰着
明治34(1901)年5月29日 初瀬分隊長/砲術長
明治34(1901)年10月1日 操江艦長
明治35(1902)年10月6日 海軍中佐 横須賀海兵団副長
明治36(1903)年4月12日 皇族附武官(依仁親王附)
明治36(1903)年12月28日 浪速副長
明治38(1905)年1月7日 朝日副長
明治38(1905)年6月14日 横須賀海兵団副長
明治38(1905)年12月20日 高雄艦長
明治40(1907)年2月28日 和泉艦長
明治40(1907)年9月28日 海軍大佐 見島艦長
明治41(1908)年7月11日 待命被仰付
明治41(1908)年9月15日 笠置艦長
明治41(1908)年12月10日 佐世保鎮守府
明治42(1909)年5月22日 横須賀海軍工廠検査官
明治43(1910)年4月9日 待命被仰付
明治43(1910)年9月28日 台湾総督府海軍参謀長
明治45(1912)年6月18日 海軍軍令部出仕
大正元(1912)年12月1日 海軍少将
大正2(1913)年12月1日 海軍砲術学校
大正3(1914)年12月1日 第一戦隊司令官
大正4(1915)年8月6日 臨時南洋群島防備隊司令官
大正5(1916)年12月1日 海軍中将 鎮海要港部司令官/海軍臨時建築部支部長
大正7(1918)年12月1日 海軍将官会議議員
大正8(1919)年12月1日 待命被仰付
大正9(1920)年8月1日 予備役被仰付
大正15(1926)年12月14日 後備役被仰付
昭和6(1931)年12月14日 退役被仰付
昭和17(1942)年10月26日 没 (75)