殿村千三郎

提供: wiki31ja
移動: 案内検索

殿村千三郎(とのむら・せんざぶろう 明治23(1890)年4月7日 - 昭和19(1944)年2月25日)は、日本の海軍軍人海軍少将東京府出身。海軍兵学校第40期生(144名中58位)。

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
明治23(1890)年4月7日
明治45(1912)年7月17日 海軍少尉候補生 宗谷乗組
大正2(1913)年5月1日 河内乗組
大正2(1913)年12月1日 海軍少尉 宗谷乗組
大正4(1915)年12月13日 海軍中尉 海軍砲術学校普通科学生
大正5(1916)年6月1日 海軍水雷学校普通科学生
大正5(1916)年12月1日 弥生乗組
大正6(1917)年6月1日 呉鎮守府
大正6(1917)年9月1日 乗組
大正7(1918)年11月1日 第二特務艦隊司令部附
大正7(1918)年12月1日 海軍大尉 佐世保鎮守府
大正8(1919)年1月24日 第一潜水艇隊艇長
大正8(1919)年3月20日 潜水艇艤装員
大正8(1919)年4月5日 潜水艦乗組/艤装員(第二十潜水艦
大正8(1919)年9月18日 第十四潜水隊
大正8(1919)年12月1日 海軍水雷学校高等科学生
大正9(1920)年12月1日 乗組
大正11(1922)年8月1日 第二駆逐艦艤装員
大正11(1922)年9月30日 第二駆逐艦乗組
大正11(1922)年10月26日 鬼怒艤装員
大正11(1922)年11月10日 鬼怒分隊長
大正11(1922)年12月20日 鬼怒通信長/分隊長
大正12(1923)年12月1日 日向通信長心得/分隊長心得
大正13(1924)年12月1日 海軍水雷学校教官/分隊長
大正14(1925)年12月1日 海軍少佐
昭和2(1927)年3月1日 練習艦隊司令部附/参謀
昭和3(1928)年1月15日 第二艦隊参謀
昭和4(1929)年11月30日 海軍省電信課課員
昭和5(1930)年6月26日 海軍省電信課課員/横須賀鎮守府出仕
昭和5(1930)年7月21日 海軍省電信課課員
昭和5(1930)年12月1日 海軍中佐 海軍省電信課課員/海軍大学校教官
昭和5(1930)年12月10日 海軍省電信課課員
昭和7(1932)年6月25日 海軍省電信課課員/海軍軍令部出仕(一一課)
昭和8(1933)年10月1日 海軍省電信課課員/軍令部出仕(四部九課)
昭和8(1933)年11月15日 佐世保海軍無線電信所
昭和10(1935)年11月15日 朝日特務艦長
昭和12(1937)年8月16日 朝光丸監督官
昭和12(1937)年12月1日 海軍大佐
昭和13(1938)年4月2日 華山丸砲艦長
昭和13(1938)年12月26日 佐世保海軍工廠造船部検査官/総務部部員
昭和14(1939)年11月15日 大井艦長
昭和15(1940)年11月15日 呉鎮守府
昭和15(1940)年12月27日 襟裳特務艦長
昭和16(1941)年6月20日 佐世保海軍軍需部総務課長
昭和17(1942)年5月1日 佐世保海軍軍需部総務課長/第一課長/部員
昭和17(1942)年8月12日 佐世保鎮守府
昭和17(1942)年9月1日 待命被仰付
昭和17(1942)年9月2日 予備役被仰付
充員召集
佐世保鎮守府
昭和17(1942)年9月10日 第四艦隊司令部附
昭和17(1942)年9月15日 第四海軍軍需部
昭和18(1943)年9月6日 日章丸指揮官
昭和19(1944)年2月25日 海軍少将 戦死 (53)