池田岩三郎

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池田岩三郎(いけだ・いわさぶろう Ikeda Iwasaburo 明治7(1874)年8月23日 - 昭和12(1937)年2月10日)は、日本の海軍軍人海軍機関中将(のち海軍中将)。広島県出身。海軍機関学校第3期生(18名中4位)。

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
明治7(1874)年8月23日
明治26(1893)年2月6日 海軍機関学校生徒
明治29(1896)年7月15日 吉野乗組
明治29(1896)年12月16日 海軍少機関士候補生 扶桑乗組
明治30(1897)年7月8日 海門乗組
明治30(1897)年11月5日 富士乗組
明治31(1898)年1月14日 海軍少機関士
明治31(1898)年10月1日 千歳回航委員(アメリカ合衆国出張被仰付)
明治31(1898)年10月27日 千歳乗組/回航委員
明治32(1899)年4月20日 帰着
明治32(1899)年9月29日 海軍中機関士 千歳分隊長心得
明治32(1899)年12月11日 海軍水雷術練習所学生
明治33(1900)年3月14日 磐城機関長心得/分隊長心得
明治33(1900)年6月7日 海軍大学校機関科長期学生
明治33(1900)年6月20日 八島分隊長心得
明治33(1900)年9月13日 海軍大学校機関科長期学生
明治35(1902)年4月22日 富士分隊長心得
明治35(1902)年10月6日 海軍大機関士 富士分隊長
明治36(1903)年10月27日 海軍水雷術練習所教官/分隊長
明治37(1904)年2月2日 海軍機関学校教官/監事
明治37(1904)年8月27日 三笠分隊長
明治38(1905)年8月12日 呉鎮守府
明治38(1905)年9月26日 海軍機関少監
明治38(1905)年11月4日 待命被仰付
明治39(1906)年1月26日 海軍機関少佐
明治39(1906)年2月27日 海軍機関学校教官
明治42(1909)年4月19日 海軍機関学校教官/監事
明治42(1909)年10月2日 海軍機関学校教官/監事/横須賀海軍工廠造機部部員
明治42(1909)年10月11日 海軍機関中佐
明治42(1909)年11月17日 造船監督官
明治44(1911)年9月29日 横須賀海軍工廠造機部部員/海軍機関学校教官
大正3(1914)年2月19日 海軍大学校教官/海軍教育本部部員
大正3(1914)年5月27日 海軍大学校教官/海軍教育本部部員/海軍艦政本部部員
大正3(1914)年8月18日 第一艦隊
大正3(1914)年10月1日 第二南遣枝隊
大正3(1914)年12月1日 海軍大学校教官/海軍教育本部部員/海軍艦政本部部員
大正4(1915)年1月13日 海軍大学校教官/海軍教育本部部員/海軍艦政本部部員/海軍軍医学校教官
大正4(1915)年6月30日 海軍機関大佐
大正4(1915)年10月1日 海軍技術本部部員/海軍大学校教官/海軍教育本部部員
大正4(1915)年12月13日 第六戦隊機関長
大正5(1916)年12月1日 造船監督官(連合王国出張被仰付)
大正7(1918)年12月1日 命帰朝
大正8(1919)年5月1日 海軍軍令部出仕/海軍省出仕
大正8(1919)年6月1日 海軍省機関局局員/海軍臨時建築部部員
大正9(1920)年12月1日 海軍機関少将 第一艦隊機関長
大正10(1921)年5月1日 第一艦隊機関長/聯合艦隊機関長
大正10(1921)年10月31日 第一艦隊機関長
大正10(1921)年12月1日 海軍教育本部第三部長
大正12(1923)年4月1日 海軍軍令部出仕
大正12(1923)年5月25日 海軍機関学校
大正13(1924)年7月25日 佐世保海軍工廠
大正13(1924)年12月1日 海軍機関中将
大正13(1924)年12月20日 海軍中将
大正14(1925)年8月1日 海軍省軍需局長
昭和3(1928)年12月10日 海軍軍令部出仕
昭和4(1929)年7月5日 待命被仰付
昭和4(1929)年7月10日 予備役被仰付
昭和11(1936)年8月23日 後備役被仰付
昭和12(1937)年2月10日 死去 (62)