沢本頼雄

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沢本頼雄(さわもと・よりお Sawamoto Yorio 明治19(1886)年11月15日 - 昭和40(1965)年6月29日)は、日本の海軍軍人海軍大将山口県出身。海軍兵学校第36期生(191名中3位)、海軍大学校第17期生

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
明治19(1886)年11月15日
明治41(1908)年11月21日 海軍少尉候補生 宗谷乗組
明治42(1909)年8月2日 香取乗組
明治42(1909)年11月12日 阿蘇乗組
明治43(1910)年1月15日 海軍少尉
明治43(1910)年7月25日 海軍砲術学校普通科学生
明治43(1910)年12月15日 海軍水雷学校普通科学生
明治44(1911)年4月20日 鹿島乗組
明治44(1911)年12月1日 海軍中尉
明治45(1912)年4月20日 海軍艦政本部艤装員・金剛回航委員(連合王国出張被仰付)
大正元(1912)年12月1日 金剛乗組/海軍艦政本部艤装員
大正2(1913)年8月16日 金剛乗組
大正2(1913)年11月5日 帰着
大正2(1913)年12月1日 海軍大学校乙種学生
大正3(1914)年5月27日 海軍砲術学校高等科学生
大正3(1914)年12月1日 海軍大尉 海軍艦政本部艤装員
大正3(1914)年12月15日 霧島分隊長/海軍艦政本部艤装員
大正4(1915)年4月19日 霧島分隊長
大正5(1916)年9月1日 常磐分隊長
大正6(1917)年10月10日 河内分隊長
大正6(1917)年12月1日 海軍大学校甲種学生
大正8(1919)年12月1日 第三水雷戦隊参謀
大正9(1920)年12月1日 海軍少佐 薩摩砲術長
大正10(1921)年4月9日 横須賀鎮守府附(海軍省軍務局勤務)
大正10(1921)年8月17日 海軍省軍務局局員
大正12(1923)年6月1日 連合王国駐在被仰付
大正13(1924)年6月1日 在連合王国大使館附海軍武官補佐官
大正13(1924)年12月1日 海軍中佐
大正14(1925)年6月1日 命帰朝
大正14(1925)年9月18日 横須賀鎮守府
大正14(1925)年10月20日 五十鈴副長
大正15(1926)年10月15日 海軍軍令部出仕/海軍省出仕
大正15(1926)年12月1日 海軍省人事局局員(一課)
昭和3(1928)年12月10日 海軍大佐 天龍艦長
昭和4(1929)年8月20日 海軍省軍務局第一課長
昭和7(1932)年11月1日 高雄艦長
昭和8(1933)年11月15日 日向艦長
昭和9(1934)年11月15日 海軍少将 軍令部出仕/海軍省出仕
昭和10(1935)年3月15日 海軍大学校教頭
昭和10(1935)年11月15日 海軍艦政本部出仕
昭和11(1936)年2月15日 海軍艦政本部総務部長
昭和12(1937)年12月1日 第七戦隊司令官
昭和13(1938)年11月15日 海軍中将
昭和13(1938)年12月15日 軍令部出仕
昭和14(1939)年4月1日 練習艦隊司令官
昭和14(1939)年12月23日 海軍大学校
昭和15(1940)年10月15日 第二遣支艦隊司令長官
昭和16(1941)年4月4日 海軍次官海軍将官会議議員
昭和16(1941)年8月11日 海軍次官海軍将官会議議員/海軍航空本部
昭和16(1941)年9月10日 海軍次官海軍将官会議議員
昭和19(1944)年3月1日 海軍大将 軍事参議官海軍省出仕/海軍次官事務取扱
昭和19(1944)年7月17日 呉鎮守府司令長官
昭和20(1945)年5月1日 軍事参議官
昭和20(1945)年9月1日 待命被仰付
昭和20(1945)年9月5日 予備役被仰付
昭和32(1957)年4月1日 財団法人水交会会長
昭和39(1964)年4月1日 水交会会長
昭和40(1965)年6月29日 死去 (78)