清藤徳弥

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清藤徳弥(きよとう・とくや Kiyoto Tokuya、明治15(1882)年4月25日 - 昭和28(1953)年)は、日本の海軍軍人海軍少将青森県出身。海軍兵学校第30期生(187名中93位)。

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
明治15(1882)年4月25日
明治35(1902)年12月14日 海軍少尉候補生 橋立乗組
明治36(1903)年2月13日 敷島乗組
明治36(1903)年12月10日 厳島乗組
明治37(1904)年1月4日 敷島乗組
明治37(1904)年1月21日 海軍少尉 鎮遠乗組
明治37(1904)年10月20日 第二艇隊
明治38(1905)年1月12日 海軍中尉
明治38(1905)年11月21日 松島乗組
明治39(1906)年8月30日 日進乗組
明治39(1906)年12月20日 舞鶴海兵団
明治40(1907)年3月30日 海軍砲術練習所学生
明治40(1907)年9月28日 海軍大尉 舞鶴海兵団分隊長
明治41(1908)年1月10日 日進分隊長
明治41(1908)年9月25日 宗谷分隊長
明治42(1909)年2月13日 満洲分隊長
明治42(1909)年5月25日 海軍大学校乙種学生
明治42(1909)年11月24日 海軍砲術学校高等科学生
明治43(1910)年5月23日 海軍砲術学校教官/分隊長
明治44(1911)年8月1日 常磐分隊長
明治44(1911)年11月1日 和泉砲術長
明治45(1912)年1月8日 伊吹分隊長
大正元(1912)年12月1日 佐世保鎮守府副官/参謀
大正3(1914)年12月1日 海軍少佐 日進砲術長
大正4(1915)年5月1日 相模砲術長
大正5(1916)年2月10日 鹿島砲術長
大正5(1916)年12月1日 摂津砲術長/分隊長
大正6(1917)年12月1日 海軍軍令部出仕
大正7(1918)年1月12日 元帥副官(元帥大将伊集院五郎附属)/海軍軍令部出仕
大正7(1918)年6月6日 海軍省艦政局局員(六課)
大正7(1918)年12月1日 海軍中佐
大正9(1920)年3月15日 鎮海要港部参謀
大正9(1920)年3月23日 鎮海要港部参謀/朝鮮総督府御用掛
大正11(1922)年8月1日 佐世保海軍工廠検査官/副官
大正11(1922)年11月10日 佐世保海軍工廠検査官
大正12(1923)年4月1日 佐世保海軍工廠総務部部員
大正12(1923)年11月10日 佐世保海軍工廠総務部長心得
大正12(1923)年12月1日 海軍大佐 佐世保海軍工廠総務部長
大正13(1924)年12月1日 横須賀海軍工廠総務部長
昭和2(1927)年12月1日 横須賀海軍艦船部
昭和3(1928)年12月10日 海軍少将 海軍軍令部出仕
昭和3(1928)年12月20日 待命被仰付
昭和3(1928)年12月25日 予備役被仰付
昭和15(1940)年4月25日 後備役被仰付
昭和16(1941)年4月1日 予備役被仰付
昭和16(1941)年5月19日 軍令部調査事務嘱託
昭和20(1945)年4月1日 退役被仰付
昭和28(1953)年 歿 (70/71)