畝傍級巡洋艦 (日本海軍, 1886)

提供: wiki31ja
移動: 案内検索

畝傍級巡洋艦(うねびきゅうじゅんようかん Unebi class protected cruiser

概説

 創設期の日本海軍では、その制度の範をイギリス海軍に採ったが、造船に関しては、造船技師としてエミール・ベルタンを招聘して、横須賀造船所の建設の指導に当たらせたため、比較的フランスの影響が強かった。畝傍は、そんな時代にフランスに発注された防護巡洋艦である。畝傍は比較的低い乾舷に顕著なタンブルフォームといった、フランス式の設計思想で(当然だが)建造されたが、明治19年10月にル・アーブルで竣工、19日に日本に向け出航したが、12月3日にシンガポールを発ってのち消息を絶った。日本海軍は捜索に努めたがついに発見できず、翌明治20年10月19日付けで亡失認定された。

主要要目

排水量: 常備 3615t
長さ: 垂線間長 98m
全幅: 13.1m
喫水: 5.72m
機関: 2軸 2気筒二段膨張レシプロ 2基, 低円缶 9基 (石炭専焼), 6000ihp.
速力: 17.5ノット
装甲: 甲板 6cm
兵装: 24cm砲 単装4基 4門, 15cm砲 単装7基 7門, 6ポンド砲 単装2基 2門, 1ポンド・四連装ノルデンフェルド砲 10基, ガトリング砲 4門, 45cm魚雷発射管 4門
乗員: 280

一覧

計画 艦名 建造所 起工 進水 就役 艦歴 記事
明16 畝傍 Unebi 仏 Forges 1884.05 1886.04.06 1886.10 1886.12 行方不明
1887.10.19 亡失認定
南シナ海で遭難と推定