矢野志加三

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矢野志加三(やの・しかぞう Yano Shikazo 明治26(1893)年8月5日 - 昭和41(1966)年1月24日)は、日本の海軍軍人海軍中将愛媛県出身。海軍兵学校第43期生海軍大学校第25期生

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
明治26(1893)年8月5日
大正4(1915)年12月16日 海軍少尉候補生 磐手乗組
大正5(1916)年8月22日 鞍馬乗組
大正5(1916)年12月1日 海軍少尉 山城乗組
大正6(1917)年9月10日 浅間乗組
大正7(1918)年7月16日 扶桑乗組
大正7(1918)年12月1日 海軍中尉 海軍水雷学校普通科学生
大正8(1919)年5月23日 海軍砲術学校普通科学生
大正9(1920)年2月2日 乗組/艤装員
大正10(1921)年12月1日 海軍大尉 海軍水雷学校高等科学生
大正11(1922)年12月1日 乗組
大正12(1923)年12月1日 汐風水雷長/分隊長
大正13(1924)年4月10日 練習艦隊参謀
大正14(1925)年4月15日 横須賀鎮守府
大正14(1925)年5月1日 浦風水雷長/分隊長
大正14(1925)年6月1日 第一艦隊参謀/副官/聯合艦隊参謀
大正14(1925)年12月1日 海軍大学校甲種学生
大正15(1926)年12月1日 海軍少佐
昭和2(1927)年12月1日 第十八号駆逐艦
昭和3(1928)年8月1日 刈萱駆逐艦長
昭和3(1928)年12月10日 海軍軍令部参謀
昭和5(1930)年12月1日 連合王国駐在
昭和6(1931)年12月1日 海軍中佐
昭和7(1932)年7月1日 在連合王国帝国大使館附海軍武官補佐官海軍艦政本部造兵監督官
昭和8(1933)年5月10日 命帰朝
昭和8(1933)年9月1日 海軍軍令部出仕
昭和8(1933)年11月15日 五十鈴副長
昭和9(1934)年10月22日 軍令部出仕/海軍省出仕
昭和9(1934)年11月15日 海軍省人事局局員
昭和11(1936)年12月1日 海軍大佐 海軍大学校教官
昭和13(1938)年1月8日 海軍大学校教官/臨時軍令部出仕/支那方面艦隊司令部附/参謀/臨時海軍特務部部員
昭和13(1938)年1月15日 海軍大学校教官
昭和13(1938)年11月1日 軍令部出仕/海軍省出仕
昭和13(1938)年11月15日 海軍省教育局第一課長
昭和15(1940)年11月5日 第二航空戦隊司令部附
昭和15(1940)年11月15日 飛龍艦長
昭和16(1941)年9月8日 第四艦隊司令部附
昭和16(1941)年10月10日 第四艦隊参謀長
昭和17(1942)年11月1日 海軍少将 軍令部出仕
昭和17(1942)年11月20日 海軍省教育局長
昭和19(1944)年3月1日 海軍艦政本部出仕/海軍航空本部出仕/海軍省出仕
昭和19(1944)年4月20日 海軍電波本部総務部長
昭和19(1944)年12月20日 海軍艦政本部第三部長/海軍航空本部第四部長
昭和20(1945)年3月1日 海軍艦政本部第三部長/海軍航空本部第五部長
昭和20(1945)年5月10日 海軍総参謀副長聯合艦隊参謀副長
昭和20(1945)年6月25日 海軍総参謀長聯合艦隊参謀長
昭和20(1945)年9月25日 海軍省出仕
昭和20(1945)年11月1日 海軍中将
昭和20(1945)年11月30日 予備役
充員召集
昭和20(1945)年12月1日 第二復員省出仕
昭和21(1946)年3月25日 充員召集解除
昭和41(1966)年1月24日 死去 (72)