竹下勇

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竹下勇(たけした・いさむ Takeshita Isamu 明治2年12月4日(1870年1月5日) - 昭和21(1946)年7月1日)は、日本の海軍軍人海軍大将鹿児島県出身。海軍兵学校第15期生海軍大学校将校科第3期生および甲種第1期生

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
明治2年12月4日(1870年1月5日)
明治22(1889)年4月20日 海軍少尉候補生 金剛乗組
明治23(1890)年3月14日 高千穂乗組
明治23(1890)年7月9日 海軍少尉 高千穂分隊士
明治25(1892)年5月23日 迅鯨乗組
明治25(1892)年10月20日 待命被仰付
明治25(1892)年12月21日 海軍大学校丙号学生
明治26(1893)年12月19日 厳島航海士
明治27(1894)年2月22日 横須賀水雷隊敷設部分隊長心得
明治27(1894)年4月23日 干珠航海長心得
明治27(1894)年6月27日 呉鎮守府海兵団分隊長心得
明治27(1894)年7月25日 鳳翔分隊長心得
明治27(1894)年8月17日 葛城分隊長心得
明治27(1894)年12月7日 海軍大尉 葛城分隊長
明治28(1895)年3月19日 摩耶航海長
明治30(1897)年3月30日 海軍大学校学生(砲術)
明治31(1898)年4月29日 海軍大学校甲種学生
明治31(1898)年12月19日 海軍砲術練習所教官
明治32(1899)年2月1日 朝日回航委員(連合王国出張)
明治32(1899)年9月29日 海軍少佐
明治33(1900)年1月12日 朝日砲術長
明治33(1900)年10月23日 朝日砲術長/分隊長
明治33(1900)年12月6日 常備艦隊参謀
明治35(1902)年7月17日 海軍砲術練習所教官
明治35(1902)年10月1日 在アメリカ合衆国帝国公使館附海軍武官
明治36(1903)年9月26日 海軍中佐
明治38(1905)年10月11日 命帰朝
明治39(1906)年1月7日 在アメリカ合衆国帝国大使館附海軍武官
明治39(1906)年2月14日 海軍軍令部出仕
明治39(1906)年3月14日 磐手副長
明治39(1906)年12月20日 第二艦隊参謀
明治40(1907)年9月28日 海軍大佐 第二艦隊参謀長
明治40(1907)年12月27日 須磨艦長
明治41(1908)年12月10日 春日艦長
明治42(1909)年7月10日 出雲艦長
明治43(1910)年4月9日 海軍軍令部出仕
明治43(1910)年5月23日 海軍軍令部参謀(四班長)
明治45(1912)年7月9日 筑波艦長
大正元(1912)年9月12日 敷島艦長
大正元(1912)年12月1日 第一艦隊参謀長
大正2(1913)年5月24日 海軍少将
大正2(1913)年12月1日 海軍軍令部参謀/海軍大学校教官(四班長)
大正4(1915)年8月10日 (一班長)
大正5(1916)年12月1日 第二戦隊司令官
大正6(1917)年5月30日 海軍将官会議議員/海軍軍令部参謀
大正6(1917)年6月1日 海軍中将
大正6(1917)年12月12日 第一特務艦隊司令官
大正7(1918)年6月13日 海軍軍令部次長海軍将官会議議員
大正9(1920)年9月13日 国際聯盟常設軍事諮問委員会帝国海軍代表
大正11(1922)年5月10日 海軍将官会議議員
大正11(1922)年7月27日 第一艦隊司令長官
大正11(1922)年12月1日 第一艦隊司令長官/聯合艦隊司令長官
大正12(1923)年8月3日 海軍大将
大正13(1924)年1月27日 呉鎮守府司令長官
大正14(1925)年4月15日 軍事参議官
昭和4(1929)年11月11日 予備役被仰付
昭和9(1934)年12月4日 後備役被仰付
昭和14(1939)年12月4日 退役被仰付
昭和21(1946)年7月1日 逝去 (76)