筑紫級測量艦 (日本海軍, 1940)

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基本計画番号 J11

概説

 日本海軍ではながらく、旧式となった軍艦を測量任務に付けてきた。はじめは旧式コルヴェットである大和、武蔵、ついで敷設船から移籍した勝力だった。しかしいずれも老朽化し、大和、武蔵は昭和初期に除籍され、勝力も能力不足が目立ってきた。昭和12年の第三次補充計画ではじめて新造測量艦が計画された。そして結果的にこれが最後となる。列国の測量艦と大きく違うのは、この筑紫は前線での強行測量を主目的とし、副次任務として護衛を目的としたため、比較的強力な砲兵装を持ち、しかも航空測量のために水上機まで1機装備していた。測量艦というよりは一見、大型砲艦のような外形の印象だった。測量時に低速が発揮できるように3軸推進となっている。開戦直前に竣工し、南方地域の測量に従事したのちはもっぱら南東方面で護衛・輸送任務などに充当され、昭和18年カビエンで触雷して沈没した。

主要要目

排水量: 基準 1400t, 公試 1575t
長さ: 垂線間長 79.3m, 水線長 83.0m
全幅: 10.6m
喫水: 3.60m
機関: 3軸 マン式3号10型4ストローク単動ディーゼル 3基, 5700bhp
速力: 19.7ノット
兵装: 12cm/45口径対空砲 連装2基 4門, 航空機 1機
乗員: 128

一覧

計画 艦名 建造所 起工 進水 就役 艦歴 記事
昭12 筑紫 Tsukushi 三菱横浜 1940.01.17 1940.11.29 1941.12.17 (測量艦) 1943.11.04 戦没 (触雷)
1944.01.05 除籍
カビエン
(02.40S/150.40E)