豊田貞次郎

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豊田貞次郎(とよだ・ていじろう Toyoda Teijiro 明治18(1885)年8月7日 - 昭和36(1961)年11月21日)は、日本の政治家、海軍軍人海軍大将和歌山県出身。海軍兵学校第33期生海軍大学校第17期生

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
明治18(1885)年8月7日
明治38(1905)年11月28日 海軍少尉候補生 厳島乗組
明治39(1906)年8月31日 香取乗組
明治39(1906)年12月20日 海軍少尉 千歳乗組
明治40(1907)年12月20日 弥生乗組
明治41(1908)年4月20日 海軍砲術学校普通科学生
明治41(1908)年7月31日 海軍水雷学校普通科学生
明治41(1908)年9月25日 海軍中尉
明治42(1909)年1月20日 敷島乗組
明治42(1909)年11月17日 練習艦隊
明治43(1910)年7月16日 薩摩乗組
明治43(1910)年12月1日 海軍大尉 海軍大学校乙種学生
明治44(1911)年5月22日 海軍砲術学校高等科学生
明治44(1911)年12月1日 連合王国駐在被仰付
大正3(1914)年7月15日 命帰朝
大正3(1914)年10月27日 海軍軍令部出仕
大正4(1915)年2月1日 比叡分隊長
大正4(1915)年12月13日 第四戦隊参謀
大正5(1916)年12月1日 海軍少佐
大正6(1917)年4月13日 第三特務艦隊参謀
大正6(1917)年12月1日 海軍大学校甲種学生
大正8(1919)年12月1日 横須賀鎮守府附/海軍教育本部部員(海軍省軍務局勤務)
大正9(1920)年5月5日 海軍省軍務局局員
大正9(1920)年12月1日 海軍中佐
大正12(1923)年4月1日 横須賀鎮守府
大正12(1923)年5月1日 金剛副長
大正12(1923)年11月1日 海軍軍令部出仕
大正12(1923)年11月10日 在連合王国帝国大使館附海軍武官/造船造兵監督長
大正13(1924)年12月1日 海軍大佐
大正15(1926)年12月1日 命帰朝
昭和2(1927)年4月5日 在連合王国帝国大使館附海軍武官海軍艦政本部造船造兵監督長
昭和2(1927)年4月9日 海軍軍令部出仕
昭和2(1927)年4月26日 ジュネーヴ軍縮会議全権委員随員
昭和2(1927)年9月28日 帰朝
昭和2(1927)年11月15日 阿武隈艦長
昭和3(1928)年12月10日 山城艦長
昭和4(1929)年10月5日 海軍軍令部出仕/海軍省出仕
昭和4(1929)年11月12日 ロンドン軍縮会議全権委員随員
昭和5(1930)年12月1日 海軍少将 横須賀鎮守府参謀長
昭和6(1931)年10月10日 海軍軍令部出仕/海軍省出仕
昭和6(1931)年11月2日 海軍省軍務局長/海軍将官会議議員
昭和7(1932)年5月12日 海軍航空本部出仕
昭和7(1932)年11月15日 広海軍工廠
昭和9(1934)年5月10日 海軍艦政本部総務部長
昭和10(1935)年11月15日 海軍中将
昭和11(1936)年2月15日 呉海軍工廠
昭和12(1937)年12月1日 佐世保鎮守府司令長官
昭和13(1938)年11月15日 海軍航空本部
昭和14(1939)年8月30日 海軍航空本部長/海軍艦政本部長/海軍将官会議議員
昭和14(1939)年10月21日 海軍航空本部
昭和15(1940)年9月6日 海軍次官海軍将官会議議員/海軍航空本部
昭和15(1940)年10月1日 海軍次官海軍将官会議議員
昭和16(1941)年4月4日 海軍大将
予備役被仰付
商工大臣
昭和16(1941)年7月18日 外務大臣拓務大臣
昭和16(1941)年10月18日 外務大臣拓務大臣
昭和16(1941)年12月1日 日鉄社長
昭和18(1943)年3月18日 内閣顧問
昭和20(1945)年4月7日 軍需大臣運輸通信大臣
昭和20(1945)年4月11日 軍需大臣
昭和20(1945)年8月17日 軍需大臣
昭和20(1945)年10月15日 貴族院議員
昭和21(1946)年3月8日 貴族院議員
昭和36(1961)年11月21日 死去 (76)

在任