賀陽宮恒憲王

提供: wiki31ja
移動: 案内検索

賀陽宮恒憲王(かやのみや・つねのりおう、明治33(1900)年1月27日 - 昭和53(1978)年1月3日)は、日本の皇族陸軍軍人陸軍中将陸軍士官学校第32期生(騎兵)、陸軍大学校第38期生賀陽宮邦憲王長男。母は妃醍醐好子。昭和22(1947)年10月14日皇籍離脱、賀陽恒憲と名乗る。

履歴

在任

親族

尊属

卑属

  • 九条敏子 明治36(1903)年 5月16日~平成 7(1995)年 3月23日。大正10(1921)年 5月 3日結婚。
    • 邦寿王(くになが) 大正11(1922)年 4月21日~昭和61(1986)年 4月16日。
    • 美智子女王(みちこ) 大正12(1923)年 7月29日~。昭和18(1943)年12月29日、徳大寺斉定に降嫁。
    • 治憲王(はるのり) 大正15(1926)年 7月 3日~
    • 章憲王(あきのり) 昭和 4(1929)年 8月17日~平成 6(1994)年11月 4日。
    • 文憲王(ふみのり) 昭和 6(1931)年 7月12日~
    • 宗憲王(むねのり) 昭和10(1935)年11月24日~
    • 健憲王(たけのり) 昭和17(1942)年 8月 5日~

御附武官

代数 階級 氏名 期別 前職 後職 備考
1932.06.16 1934.12.10 陸軍騎兵中佐 櫛淵銓一 陸士24 陸軍大臣秘書官 騎兵第二聯隊