醍醐忠重

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醍醐忠重(だいご・ただしげ Daigo Tadashige 明治24(1891)年10月15日 - 昭和22(1947)年12月6日)は、日本の華族海軍軍人海軍中将東京都出身。海軍兵学校第40期生(144名中17位)。

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官など
明治24(1891)年10月15日
明治33(1900)年8月18日 侯爵
明治45(1912)年7月17日 海軍少尉候補生 吾妻乗組
大正2(1913)年5月1日 敷島乗組
大正2(1913)年12月1日 海軍少尉
大正3(1914)年1月15日 常磐乗組
大正4(1915)年12月7日 横須賀鎮守府
大正4(1915)年12月13日 海軍中尉 海軍砲術学校普通科学生
大正5(1916)年6月1日 海軍水雷学校普通科学生
大正5(1916)年10月14日 貴族院議員
大正5(1916)年12月1日 金剛乗組
大正6(1917)年4月1日 浦風乗組
大正6(1917)年12月1日 第四潜水艇隊
大正7(1918)年11月2日 第十三潜水艇隊
大正7(1918)年12月1日 海軍大尉 海軍水雷学校高等科学生
大正8(1919)年12月1日 第十二潜水隊潜水艦長
大正9(1920)年4月20日 第十二潜水隊潜水艦長/呉防備隊
大正9(1920)年9月15日 潜水艦乗組
大正9(1920)年12月1日 第二十六潜水艦乗組
大正10(1921)年7月1日 第二十七潜水艦長心得
大正11(1922)年3月15日 第二十七潜水艦長心得/海軍潜水学校教官
大正11(1922)年4月15日 練習艦隊参謀
大正11(1922)年5月30日 待命被仰付
大正12(1923)年3月20日 阿蘇分隊長
大正12(1923)年5月15日 第五十七潜水艦長心得
大正13(1924)年5月10日 浅間分隊長
大正13(1924)年10月27日 呉鎮守府
大正13(1924)年12月1日 海軍少佐
大正14(1925)年1月15日 呂号第六十四潜水艦艤装員長
大正14(1925)年4月30日 呂号第六十四潜水艦
大正14(1925)年12月1日 横須賀鎮守府参謀
大正15(1926)年3月1日 横須賀鎮守府
大正15(1926)年5月1日 待命被仰付
大正15(1926)年10月7日 横須賀鎮守府
大正15(1926)年11月16日 山城水雷長/分隊長
昭和4(1929)年11月30日 海軍中佐 海軍水雷学校教官/海軍砲術学校教官/海軍潜水学校教官/陸軍重砲兵学校教官
昭和5(1930)年1月9日 海軍水雷学校教官/海軍砲術学校教官/海軍潜水学校教官
昭和5(1930)年12月16日 海軍水雷学校教官/海軍砲術学校教官/海軍潜水学校教官/海軍通信学校教官
昭和7(1932)年12月1日 第九潜水隊司令
昭和8(1933)年11月15日 第十九潜水隊司令
昭和9(1934)年11月15日 海軍大佐 夕張艦長
昭和10(1935)年5月25日 那珂艦長
昭和10(1935)年11月15日 球磨艦長
昭和11(1936)年12月1日 磐手艦長
昭和12(1937)年12月1日 高雄艦長/八雲艦長
昭和13(1938)年1月25日 高雄艦長
昭和13(1938)年6月3日 足柄艦長
昭和13(1938)年12月1日 軍令部出仕
昭和13(1938)年12月15日 侍従武官
昭和15(1940)年11月15日 海軍少将
昭和16(1941)年10月20日 第五潜水戦隊司令官
昭和17(1942)年7月14日 軍令部出仕
昭和17(1942)年8月20日 呉鎮守府出仕
昭和17(1942)年8月31日 呉潜水戦隊司令官
昭和18(1943)年4月1日 第十一潜水戦隊司令官
昭和18(1943)年10月20日 軍令部出仕
昭和18(1943)年11月1日 海軍中将 第二南遣艦隊司令部附
昭和18(1943)年11月8日 第二十二特別根拠地隊司令官
昭和19(1944)年8月23日 海軍潜水学校長/呉潜水戦隊司令官
昭和20(1945)年5月1日 第六艦隊司令長官
昭和20(1945)年9月15日 軍令部出仕
昭和20(1945)年9月25日 予備役被仰付
昭和22(1947)年12月6日 刑死 (56)

在任

親族

尊属

配偶