野村吉三郎

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野村吉三郎(のむら・きちさぶろう Nomura Kichisaburo 明治10(1877)年12月16日 - 昭和39(1964)年5月8日)は、日本の海軍軍人海軍大将和歌山県出身。海軍兵学校第26期生

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
明治10(1877)年12月16日
明治31(1898)年12月13日 海軍少尉候補生 比叡乗組
明治32(1899)年9月2日 八島乗組
明治33(1900)年1月12日 海軍少尉
明治34(1901)年5月1日 三笠乗組(連合王国出張被仰付)
明治34(1901)年10月1日 海軍中尉
明治35(1902)年5月18日 帰朝
明治35(1902)年9月10日 摩耶分隊長心得
明治36(1903)年1月23日 金剛航海長心得/分隊長心得
明治36(1903)年7月7日 常磐分隊長心得
明治36(1903)年9月26日 海軍大尉 常磐分隊長
明治37(1904)年10月19日 済遠航海長
明治37(1904)年12月13日 佐世保鎮守府
明治38(1905)年1月12日 京城丸航海長
明治38(1905)年6月14日 高千穂航海長
明治38(1905)年11月21日 海軍兵学校航海術教官/監事
明治39(1906)年10月25日 橋立航海長
明治40(1907)年8月26日 横須賀鎮守府参謀
明治40(1907)年12月18日 千歳航海長
明治41(1908)年1月10日 千歳航海長/分隊長
明治41(1908)年3月3日 オーストリア帝国駐在被仰付
明治41(1908)年9月25日 海軍少佐
明治43(1910)年5月23日 ドイツ帝国駐在被仰付
明治44(1911)年5月9日 命帰朝
明治44(1911)年9月13日 音羽副長
明治45(1912)年6月18日 海軍省軍務局局員
大正2(1913)年2月26日 海軍省軍務局局員/海軍省副官/海軍大臣秘書官
大正2(1913)年4月22日 海軍省副官/海軍大臣秘書官
大正2(1913)年12月1日 海軍中佐
大正3(1914)年12月11日 在アメリカ合衆国帝国大使館附海軍武官
大正6(1917)年4月1日 海軍大佐
大正7(1918)年6月1日 命帰朝
大正7(1918)年10月18日 八雲艦長
大正7(1918)年11月10日 海軍軍令部出仕/参謀
大正7(1918)年12月3日 欧州出張被仰付
大正8(1919)年2月5日 講和会議全権委員随員
大正8(1919)年11月12日 免講和会議全権委員随員
大正9(1920)年4月1日 海軍省副官
大正10(1921)年8月17日 ワシントン軍縮会議全権委員随員
大正11(1922)年6月1日 海軍少将 海軍軍令部参謀(三班長)
大正12(1923)年9月15日 第一遣外艦隊司令官
大正14(1925)年4月20日 海軍軍令部出仕/海軍省出仕
大正14(1925)年9月18日 海軍省教育局長
大正15(1926)年7月26日 海軍軍令部次長
大正15(1926)年12月1日 海軍中将
昭和3(1928)年12月10日 海軍軍令部出仕
昭和4(1929)年2月1日 練習艦隊司令官
昭和5(1930)年1月15日 海軍軍令部出仕/海軍省出仕
昭和5(1930)年6月11日 呉鎮守府司令長官
昭和6(1931)年12月1日 横須賀鎮守府司令長官/海軍将官会議議員
昭和7(1932)年2月2日 第三艦隊司令長官
昭和7(1932)年6月28日 軍事参議官
昭和7(1932)年10月10日 横須賀鎮守府司令長官/海軍将官会議議員
昭和8(1933)年3月1日 海軍大将
昭和8(1933)年11月15日 軍事参議官
昭和12(1937)年4月6日 予備役被仰付 学習院
昭和14(1939)年9月25日 外務大臣
昭和15(1940)年1月16日 外務大臣
昭和15(1940)年11月27日 任在アメリカ合衆国帝国特命全権大使
昭和17(1942)年8月20日 帰朝
昭和19(1944)年5月18日 枢密顧問官
昭和21(1946)年6月13日 枢密顧問官
昭和39(1964)年5月8日 死去 (86)

在任