金谷三松

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金谷三松(かなや・さんまつ Kanaya Sanmatsu 明治17(1884)年12月7日 - 昭和28(1953)年2月8日)は、日本の海軍軍人海軍少将石川県出身。海軍機関学校第14期生(31名中7位)。

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
明治17(1884)年12月7日
明治39(1906)年3月24日 海軍機関少尉候補生 明石乗組
明治39(1906)年8月6日 鹿島乗組
明治39(1906)年12月20日 海軍機関少尉
明治40(1907)年7月10日 三笠乗組
明治41(1908)年5月15日 阿蘇乗組
明治41(1908)年9月25日 海軍機関中尉
明治42(1909)年9月1日 第十三艇隊
明治42(1909)年12月1日 海軍水雷学校学生
明治43(1910)年3月31日 海軍工機学校普通科学生
明治43(1910)年7月14日 呉海軍工廠艤装員
明治43(1910)年7月16日 安芸分隊長心得/呉海軍工廠艤装員
明治43(1910)年12月1日 海軍機関大尉 安芸分隊長/呉海軍工廠艤装員
明治44(1911)年3月1日 海軍機関学校教官/監事
大正2(1913)年7月3日 第二艦隊
大正3(1914)年5月27日 海軍大学校機関学生
大正4(1915)年12月13日 敷島分隊長
大正5(1916)年6月12日 横須賀鎮守府
大正5(1916)年8月14日 海軍教育本部出仕
大正5(1916)年12月1日 海軍機関少佐
大正7(1918)年2月16日 第二艦隊司令部附
大正8(1919)年4月1日 第四駆逐隊機関長
大正9(1920)年2月4日 海軍機関学校教官
大正9(1920)年12月1日 海軍機関中佐
大正11(1922)年11月10日 金剛機関長
大正12(1923)年12月1日 大湊要港部機関長/工作部長
大正13(1924)年12月1日 海軍機関大佐 第三戦隊機関長
大正14(1925)年12月1日 海軍大学校教官
大正15(1926)年12月1日 海軍機関学校教官
昭和2(1927)年2月1日 海軍機関学校生徒科長
昭和3(1928)年6月25日 海軍機関学校教頭/監事長
昭和3(1928)年12月10日 横須賀鎮守府
昭和4(1929)年2月1日 練習艦隊機関長
昭和5(1930)年12月1日 海軍少将 呉海軍艦船部
昭和6(1931)年12月1日 海軍軍令部出仕
昭和6(1931)年12月15日 待命被仰付
昭和6(1931)年12月21日 予備役被仰付
昭和7(1932)年6月21日 海軍省機関史編纂事務嘱託
昭和10(1935)年5月7日 東京工業大学講師嘱託
昭和10(1935)年6月19日 海軍省嘱託
昭和10(1935)年11月5日 海軍艦政本部機関史整理業務嘱託
昭和11(1936)年12月25日 海軍艦政本部嘱託
昭和11(1936)年12月26日 海軍大学校機関戦史編纂事務嘱託
昭和15(1940)年6月30日 海軍大学校嘱託
昭和28(1953)年2月8日 没 (68)