釜屋忠道

提供: wiki31ja
移動: 案内検索

釜屋忠道(かまや・ただみち Kamaya Tadamichi 文久2年9月13日(1862年11月4日) - 昭和14(1939)年1月19日)は、日本の海軍軍人海軍中将山形県出身。海軍兵学校第11期生

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
文久2(1862)年9月13日
明治13(1880)年9月10日 海軍兵学校入校
明治16(1883)年10月14日 筑波乗組
明治17(1884)年12月22日 海軍少尉補 海軍兵学校卒業
明治18(1885)年1月17日 乗組
明治19(1886)年3月15日 扶桑乗組
明治19(1886)年7月13日 海軍少尉試補
明治19(1886)年9月1日 海軍少尉
明治19(1886)年9月6日 千代田航海長心得/分隊長心得
明治19(1886)年11月22日 迅鯨乗組
明治21(1888)年4月9日 扶桑分隊士
明治22(1889)年5月15日 扶桑分隊長心得
明治22(1889)年6月11日 愛宕分隊長心得/横須賀水雷隊艇長心得
明治22(1889)年6月25日 海軍兵学校水雷術教官心得
明治22(1889)年8月28日 海軍大尉
明治22(1889)年8月29日 海軍兵学校水雷術教官
明治23(1890)年9月25日 海軍兵学校水雷術教官/生徒分隊長
明治23(1890)年10月20日 海軍兵学校水雷術教官/生徒分隊長/監事
明治24(1891)年7月23日 比叡水雷長
明治25(1892)年7月12日 迅鯨分隊長/教官
明治25(1892)年12月21日 呉鎮守府司令長官伝令使
明治26(1893)年5月20日 常備艦隊司令長官伝令使
明治27(1894)年6月19日 常備艦隊参謀
明治28(1895)年9月6日 松島水雷長/分隊長
明治29(1896)年4月20日 佐世保鎮守府参謀
明治30(1897)年12月1日 海軍少佐 済遠副長
明治31(1898)年9月1日 平遠副長
明治31(1898)年12月3日 出雲回航委員(連合王国出張被仰付)
明治32(1899)年9月29日 海軍中佐
明治33(1900)年3月14日 出雲乗組
明治33(1900)年12月8日 海軍水雷術練習所教官/海軍大学校教官
明治35(1902)年10月6日 富士副長
明治36(1903)年11月11日 龍田艦長
明治38(1905)年1月12日 海軍大佐
明治38(1905)年3月15日 佐渡丸艦長
明治38(1905)年6月14日 沖島艦長
明治38(1905)年12月12日 在清国帝国公使館附海軍武官(天津駐在)
明治39(1906)年6月21日 海軍軍令部出仕
明治39(1906)年10月22日 日進艦長
明治40(1907)年8月5日 出雲艦長
明治41(1908)年2月20日 大湊要港部参謀長
明治41(1908)年4月7日 待命被仰付
明治41(1908)年7月31日 肥前艦長
明治41(1908)年12月10日 佐世保海兵団
明治42(1909)年12月1日 横須賀水雷団
明治43(1910)年12月1日 海軍少将 旅順鎮守府参謀長
明治44(1911)年12月1日 横須賀鎮守府参謀長
明治45(1912)年7月9日 佐世保予備艦隊司令官
大正2(1913)年4月1日 佐世保鎮守府艦隊司令官
大正2(1913)年12月1日 馬公要港部司令官
大正3(1914)年12月1日 海軍中将 待命被仰付
大正4(1915)年12月1日 予備役被仰付
大正11(1922)年9月13日 後備役被仰付
昭和2(1927)年9月13日 退役被仰付
昭和14(1939)年1月19日 没 (76)