長谷川清

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長谷川清(はせがわ・きよし Hasegawa Kiyoshi 明治16(1883)年5月7日 - 昭和45(1970)年9月2日)は、日本の海軍軍人海軍大将福井県出身。海軍兵学校第31期生(173名中6位)、海軍大学校第12期生

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
明治16(1883)年5月7日
明治36(1903)年12月14日 海軍少尉候補生 松島乗組
明治37(1904)年1月4日 八島乗組
明治37(1904)年5月23日 三笠乗組
明治37(1904)年9月10日 海軍少尉
明治38(1905)年8月5日 海軍中尉
明治38(1905)年9月23日 佐世保鎮守府
明治38(1905)年11月21日 厳島乗組
明治39(1906)年8月8日 佐世保鎮守府
明治39(1906)年8月30日 三笠乗組
明治40(1907)年2月23日 白妙乗組
明治40(1907)年9月28日 第十艇隊艇長心得
明治41(1908)年9月25日 海軍大尉 第十艇隊艇長
明治42(1909)年5月25日 海軍大学校乙種学生
明治42(1909)年11月24日 海軍水雷学校高等科学生
明治43(1910)年5月23日 浅間分隊長
明治43(1910)年6月24日 笠置分隊長
明治44(1911)年3月11日 第二艦隊参謀
明治44(1911)年12月1日 海軍水雷学校教官/分隊長
明治45(1912)年5月22日 海軍水雷学校教官/分隊長/海軍工機学校教官
大正元(1912)年12月1日 海軍大学校甲種学生
大正2(1913)年12月1日 海軍少佐
大正3(1914)年5月27日 三日月駆逐艦長
大正3(1914)年8月24日 第二艦隊参謀
大正3(1914)年12月1日 第二艦隊副官/参謀
大正4(1915)年2月1日 海軍省出仕
大正4(1915)年2月5日 海軍省人事局局員
大正5(1916)年4月1日 海軍省副官/海軍大臣秘書官
大正6(1917)年12月1日 アメリカ合衆国駐在被仰付
大正7(1918)年12月1日 海軍中佐
大正8(1919)年3月20日 アメリカ合衆国駐在/在アメリカ合衆国帝国大使館附海軍武官補佐官
大正8(1919)年4月1日 在アメリカ合衆国帝国大使館附海軍武官補佐官
大正9(1920)年4月1日 命帰朝
大正9(1920)年6月3日 第一水雷戦隊参謀
大正9(1920)年11月15日 海軍省出仕
大正9(1920)年12月1日 海軍省人事局局員
大正11(1922)年12月1日 海軍大佐 海軍省人事局第一課長
大正12(1923)年11月1日 海軍軍令部出仕/海軍省出仕
大正12(1923)年11月10日 在アメリカ合衆国帝国大使館附海軍武官
大正14(1925)年12月1日 命帰朝
大正15(1926)年5月1日 日進艦長
大正15(1926)年12月1日 長門艦長
昭和2(1927)年12月1日 海軍少将 横須賀鎮守府参謀長
昭和4(1929)年11月30日 第二潜水戦隊司令官
昭和5(1930)年12月1日 海軍艦政本部第五部長
昭和6(1931)年12月1日 呉海軍工廠
昭和7(1932)年10月10日 海軍軍令部出仕/海軍省出仕
昭和7(1932)年10月22日 ジュネーヴ軍縮会議全権委員随員
昭和7(1932)年12月1日 海軍中将
昭和8(1933)年4月25日 ジュネーヴ軍縮会議全権委員
昭和9(1934)年2月14日 軍令部出仕/海軍省出仕
昭和9(1934)年5月10日 海軍次官海軍将官会議議員
昭和11(1936)年12月1日 第三艦隊司令長官
昭和12(1937)年10月20日 支那方面艦隊司令長官/第三艦隊司令長官
昭和13(1938)年4月25日 横須賀鎮守府司令長官/海軍将官会議議員
昭和14(1939)年4月1日 海軍大将
昭和15(1940)年5月1日 軍事参議官
昭和15(1940)年11月27日 台湾総督
昭和17(1942)年4月4日 功一級金鵄勲章
昭和19(1944)年12月30日 軍事参議官
昭和20(1945)年6月1日 軍事参議官海軍高等技術会議議長
昭和20(1945)年11月30日 予備役被仰付
昭和45(1970)年9月2日 死去 (87)

在任