阿賀野級軽巡洋艦 (日本海軍, 1941)

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阿賀野級軽巡洋艦(あがのきゅうけいじゅんようかん Agano class light cruisers

概説

 日本海軍では、大正後期にいわゆる5500トン型巡洋艦を15隻(夕張を含む)建造していた。これらの巡洋艦の多くは、水雷戦隊の旗艦として駆逐隊の先頭にたって敵艦隊に突撃することを任務としていたが、5500トン型巡洋艦が率いている駆逐艦は、吹雪級から大型高性能化しており、旧式になりつつあったこれら巡洋艦では荷が勝ちすぎていた。度重なる改装で排水量は7000トン近くにまで達しており、速力も低下していたが、ことに乾舷の低下によって凌波性が大幅に悪化しているのが最大の問題だった。火力も不足しており、通信能力や索敵能力も旗艦としては不十分だった。こういった状況にあることは日本海軍もわかっていたが、なにしろ一挙15隻も量産してしまったためにこのクラスの巡洋艦はだぶつき気味で、更新は遅々として進まなかったが、対米開戦を間近に控えた第四次補充計画で水雷戦隊旗艦に充当するために巡洋艦の新造が認められた。これが阿賀野級である。 阿賀野級は15年ぶりの新造軽巡洋艦であったため、数々の新機軸が盛り込まれていた。新式の15.2センチ主砲、および8センチ高角砲を装備し、強力な水雷兵装と2機の索敵機を搭載し、十分な凌波性と高速力を備えた非常に有力な巡洋艦だった。ところが、阿賀野級が順次竣工しはじめたのは昭和17年後半から昭和19年にかけての時期であり、戦前に想定していたような、巡洋艦が水雷戦隊の先頭にたって突入するような戦闘形態はすでに過去のものとなっていた。阿賀野は昭和19年2月、米軍のトラック空襲に遭遇して撃沈され、能代はその年10月の比島海戦で空襲により、矢矧は翌年4月の大和特攻作戦でやはり空襲によりそれぞれ撃沈され、戦争末期に竣工した酒匂は出撃の機会もないまま終戦を迎えて、米軍の原爆実験で沈没した。

主要要目

排水量: 基準 6652t, 公試 7590t, 満載 8534t
長さ: 垂線間長 162.0m, 水線長 172m, 全長 174.1m
全幅: 15.2m
喫水: 5.63m
機関: 4軸 艦本式減速タービン(高中低圧) 4基, ロ号艦本式缶 6基 (重油専焼), 100,000shp
燃料: 重油 1405t
速力: 35.0ノット
航続力: 6,000浬/18ノット
装甲: 水線帯 55mm (機関部), 50mm (弾薬庫), 甲板 20mm, 砲塔 25mm
兵装: 15cm/50口径砲 連装3基 6門, 8cm/65口径高角砲 連装2基 4門, 25mm対空機銃 3連装2基 6門 (酒匂 3連装10基単装18基 48門), 61cm魚雷発射管 四連装2基 8門, 飛行機 2機
乗員: 726

一覧

計画 艦名 建造所 起工 進水 就役 艦歴 記事
昭14 阿賀野 Agano 佐世保工廠 1940.06.18 1941.10.22 1942.10.31 二等巡洋艦 1944.02.17 戦没 (被雷)
1944.03.31 除籍
トラック北方
(米潜 Skate)
昭14 能代 Noshiro 横須賀工廠 1941.09.04 1942.07.19 1943.06.30 二等巡洋艦 1944.10.26 戦没 (航空攻撃)
1944.12.20 除籍
ミンドロ南方
昭14 矢矧 Yahagi 佐世保工廠 1941.11.11 1942.10.25 1943.12.29 二等巡洋艦 1945.04.07 戦没 (航空攻撃)
1945.06.20 除籍
東シナ海
昭14 酒匂 Sakawa 佐世保工廠 1942.11.21 1944.04.09 1944.11.30 二等巡洋艦 1945.10.05 除籍
1946.07.02 処分
ビキニ環礁原爆実験