音羽級巡洋艦 (日本海軍, 1903)

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概説

 明治30年、日清戦争後の軍備拡張計画で3隻の防護巡洋艦が計画された。うち2隻は対馬級として建造されたが、予算の都合上3隻のうち1隻は小型縮小版とせざるを得なくなった。これが音羽である。対馬級と比べると砲熕兵装を半減しており、そのかわりに速力がわずかに増強されている。防護巡洋艦というよりはむしろスカウト・クルーザーに近い。音羽の建造は日露戦争にかかり、横須賀造船廠で突貫工事の末明治37年9月に竣工、ただちに艦隊に編入されて旅順封鎖戦に従事している。日本海海戦では第四戦隊に所属して参加した。第一次大戦中、地中海に派遣される第二特務艦隊に参加の予定で佐世保に回航される途次、大正6年7月25日未明に濃霧のために航路を誤り志摩半島先端の大王崎付近に座礁、浮揚につとめたが折りから接近した低気圧のために波浪が激しくなり、ついに船体が切断して全損となった。

主要要目

排水量: 常備 3000t
長さ: 垂線間長 98.0m, 全長 103.88m
全幅: 12.62m
喫水: 4.8m
機関: 2軸 直立式4気筒三段膨張レシプロ 2基, イ号艦本式缶 10基 (石炭専焼), 10,000ihp
燃料: 石炭 575t
速力: 21ノット
装甲: 甲板 75mm(中央部), 50mm(両端部), 砲楯 37mm, 司令塔 100mm
兵装: 15.2cm速射砲 2門, 12cm速射砲 6門, 12ポンド速射砲 4門
乗員: 312

一覧

計画 艦名 建造所 起工 進水 就役 艦歴 記事
明30 音羽 Otowa 横須賀工廠 1903.01.03 1903.11.02 1904.09.06 三等巡洋艦 1912.08.28 二等巡洋艦
1917.08.01 喪失 (座礁)
1917.12.01 除籍
志摩半島