須磨級巡洋艦 (日本海軍, 1895)

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須磨級巡洋艦(すまきゅうじゅんようかん Suma class protected cruisers

概説

 日清戦争直前に、日本海軍は英国の影響を受けつつも独自に設計した防護巡洋艦秋津洲を建造していた。それより以前、松島級の橋立を国産しているが原設計はフランスによるもので、秋津洲が実質的に国産第一号の巡洋艦となった。須磨級は秋津洲をやや小型にしたもので、備砲の数は減っているが配置に配慮して片舷砲力の減少を極力抑えている。当時としては快速の20ノットを発揮し、やや小型ながら実用性は高く、竣工早々に北清事変に参加し、日露戦争では第一艦隊に編入されてつねに主力艦隊と行動をともにした。この間の明治37年12月10日、明石は旅順近海で触雷大破したが修理されて日本海海戦にはそろって参戦している。第一次大戦では各方面で警備任務に従事し、明石は第二特務艦隊に所属して地中海まで派遣された。さらに明石は帰還後に尼港事件をきっかけに沿海州方面を警備している。両艦とも大正の末から昭和の初めにかけて除籍された。明石はのちに実艦的として処分されている。

主要要目

排水量: 常備 2657t (明石 2756t)
長さ: 垂線間長 93.5m (明石 90.0m)
全幅: 12.24m (明石 12.7m)
喫水: 4.63m (明石 4.8m)
機関: 2軸 横置式3気筒三段膨張レシプロ 2基, 低円缶 8基 (明石 円缶 9基), 8384ihp (明石 7890ihp)
速力: 20ノット (明石 19.5ノット)
装甲: 甲板 50mm (傾斜部), 25mm (平坦部), 砲楯 115mm
兵装: 15.2cm速射砲 単装2基 2門, 12cm速射砲 6門, 57mm速射砲 10門, 47mm速射砲 4門, マキシム機関銃 4挺, 38cm魚雷発射管 2門
乗員: 310

一覧

計画 艦名 建造所 起工 進水 就役 艦歴 記事
明24 須磨 Suma 横鎮造船部 1892.08 1895.03.09 1896.12.02 1898.03.21 三等巡洋艦
1912.08.28 二等巡洋艦
1921.09.01 二等海防艦
1923.04.01 除籍
明26 明石 Akashi 横須賀造船廠 1894.08 1897.12.18 1899.03.30 三等巡洋艦 1912.08.28 二等巡洋艦
1921.09.01 二等海防艦
1928.04.01 除籍
1930.08.03 処分