伊吹級巡洋戦艦 (日本海軍, 1907)

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伊吹級巡洋戦艦(いぶききゅう・じゅんようせんかん Ibuki class battlecruisers)基本計画番号はB15(鞍馬)/B17(伊吹)。

概説

 日露戦争中の臨時軍事費で計画された大型装甲巡洋艦。基本的には筑波級と同型だが、改良点としてまず副砲の15センチ砲を20センチ砲に強化したことが挙げられる。2隻建造されたが両艦にはかなり相違点があり、もっとも大きな違いは鞍馬がレシプロ機関であるのに対し伊吹はタービンを採用したことであろう。このため伊吹の方が1ノットほど優速になっている。伊吹はタービン実験艦の意味合いがあったために建造が促進され、本来2番艦でありながら一足早く竣工した。その分鞍馬の建造ペースはゆっくりしたものとなり、そのために前後檣はそれまでの単檣から三脚檣に変更された。装甲巡洋艦に戦艦と同等の30センチ砲を搭載させるというのは、のちの巡洋戦艦につながる発想で、その点では先見性に満ちたものであるが建造が延引したために竣工時にはすでに能力的には見劣りするものになってしまっていた。竣工当初は一等巡洋艦に類別されていたが、大正元年に巡洋戦艦という類別が新設され類別替えされた。鞍馬と伊吹は、竣工後間もなくそれぞれイギリスとシャム(現タイ)に国王の戴冠記念観艦式に参加するため外国を訪問している。両艦の最大の活躍の機会は第一次大戦だった。鞍馬は独領南洋群島の占領のために東カロリン諸島まで出撃しているし、伊吹はドイツの通商破壊艦エムデンの警戒のためにイギリスと協同してインド洋で作戦している。戦後開かれたワシントン海軍軍縮会議で両艦は廃棄されることとなり、わずか15年の生涯を閉じた。

主要要目

排水量: 常備 14,636t, 満載 15,595t
長さ: 水線長 147.8m, 全長 137.2m
全幅: 23.0m
喫水: 8.0m
機関: (鞍馬) 2軸 直立型4気筒三段膨張レシプロ 2基, 宮原式缶 28基 (混焼), 22,500ihp
(伊吹) 2軸 カーチス式タービン(単胴) 2基, 宮原式缶 18基 (混焼), 24,000shp
燃料: 重油 200t (伊吹 218t), 石炭 1868t (伊吹 2000t)
速力: 20.5ノット (伊吹 21.5ノット)
装甲: 水線帯 100-180mm, バーベット 125-180mm, 砲塔 125-180mm, 司令塔 200mm, 甲板 75mm
兵装: 30.5cm/45口径砲 連装2基 4門, 20.3cm/45口径砲 単装4基連装2基 8門, 12cm/40口径砲 14門, 8cm/40口径砲 4門, 45cm魚雷発射管 3門 (水中)
乗員: 844

一覧

計画 艦名 建造所 起工 進水 就役 艦歴 記事
日露臨 伊吹 Ibuki 呉工廠 1907.05.22 1907.11.21 1909.11.01 一等巡洋艦 1912.08.28 巡洋戦艦
1923.09.20 除籍
日露臨 鞍馬 Kurama 横須賀工廠 1905.08.23 1907.10.21 1911.02.28 一等巡洋艦 1912.08.28 巡洋戦艦
1923.09.20 除籍